朝。
洗顔料で顔を洗って、着替えて。
櫛と水だけで何とか寝癖を整えて。
マナーの一環だろうとベッドも整えた。

「ワックスが無い……けど荷物になるし……」

ズーンと項垂れていると、いつの間にかモンスターボールから出てきたヒコザルが肩に載って慰めてくれた。足下にはすりすりとコリンクの頬擦りの感触。
うん。頑張れるよ俺。
二匹に感謝しながらアヤトは身繕いを整えた。
髪はキューティクルを失わずさらさらとしていて、頬はつるつるぷるるんの餅肌。肌は張りがあってニキビの跡なんて一つも無い。
鏡の中には、今日も清潔感のある奴がいる。
ふけや埃が付いているなんて御法度だ。
何度も鏡をチェックして、やっと気が済んだ。
途中でヒコザルは欠伸をしていたが、まあ寝起きだしなあ。
実家ではたっぷり一時間かけて身繕いを整えていた。それを三十分で済ませたのだからアヤトにしては上々の方なのである。
部屋をぐるりと見回して忘れ物をチェック。無い。大丈夫。
リュックを背負い、ハウチング帽は手にぶら下げて部屋を出た。
ポケモンセンターの食堂に向かう。
食堂は宿泊したトレーナー以外にも開放されているが、朝日が差し込む食堂の中はがらんとしていた。
朝食は和食か洋食かのどちらかを選べるらしいので、少し迷った末に和食を注文する。
パンとオムレツとベーコンエッグとサラダ、という組み合わせは凄く好きだが、旅をしている身としては腹に溜まりやすいエネルギー源である米を摂っておきたい。
白米と味噌汁と漬物と焼き魚と卵焼き、という、これまた大好きな組み合わせの朝食が載ったトレイを受け取る。
その時に「旅をしているトレーナーさん?」と尋ねられたので「そうです」と返すと、ポケモン達の分のフーズと皿まで貰えた。
ずらりと並ぶ長大テーブルの一つを適当に選び、席に座ってトレイを置く。
横の椅子にリュックとハウチング帽を置いた。
貰ったポケモンフーズを皿にざらざらと入れる。
ヒコザルの分は机の上。
コリンクの分は、迷った末に床の上に置いた。
頭を撫でると、二匹がポケモンフーズを食べ始める。
アヤトも掌を合わせて「頂きます」と言ってから、朝食を食べ始めた。
卵焼き。白米。味噌汁。
どれもおいしかった。特に卵焼きは出汁巻きで絶品だ。味噌汁はまったりとした白味噌で、具材が豆腐とワカメと油揚げ。
オーソドックスこそ最高だ。
実家の母の手料理とは味が違うが、手作りの料理に一息ついた。
しっかりと咀嚼して飲み下す。
良く噛んで食べた方がいい、と分かってはいるが、それをやると食事のペースが遅くなるのが辛いところだ。
昔は良く母に注意された。いや、今もだが。
あまり遅く食べると、いざ他の人と食事する時にペースを合わせられなくなるよ、と。
ジュンとヒカリの三人で御飯を食べる時は、ジュンがせっかちで、実はヒカリも食べるのが遅いから、中間くらいの位置で済んだのだが。
あの二人も、今は遠い別の所にいる。

「御馳走様」

食べ終えて、トレイを返そうと立ち上がると、ヒコザルがふわあああと欠伸をした。
そんなに待たせただろうか。
アヤトより早く食事を終えた二匹をモンスターボールに戻す。
食堂を出て、カウンターのジョーイさんと会釈を交わし、ポケモンセンターを出る。
白く眩しい朝日が視界に飛び込んできた。
ハウチング帽を被り、鍔の下で目を細めた。
昨夜の内に、良く取り出すだろうからと上着のポケットに入れておいたタウンマップを広げる。
現在地点はマサゴタウン。
201番道路を進むとフタバタウン。
202番道路を進むとコトブキシティ。
219番道路を進むと、海らしい。
まだ見ぬ219番道路に進んでみたい気もするが、今はジュンへの御届け物を預かっているので急がなければならない。
それに。
219番道路の先って、海じゃん。湖とは違う。
海はちょっと嫌だ。
景色は綺麗だけど、潮風で髪がべたべたになってしまうから。
だから、ここは後回しだ。
来たくなったら来る。今は行きたくない。だから行かない。それだけだ。
――よし、行こう。
とにもかくにもジュンに追いつかないと。
アヤトは202番道路に踏み込んだ。
草むらを抜けるも、途中で野生ポケモンと遭遇する事は無かった。
野生ポケモンは本当に人間に対して容赦が無いので、少しほっとしてしまう。
その気の緩みの隙に、唐突に声をかけられた。

「トレーナーさんみっけ! ポケモン勝負、お願いしまーす!」
「ふへっ!? ……え? 勝負? 勝負っ!?」

ポケモンは持っていても、ポケモンリーグ大会の試合をテレビで観た事はあっても、ポケモントレーナーなら道路を歩いていればポケモン勝負をふっかけられる事がある、とは知らなかったアヤト。
見かねたミニスカートの女の子や、たまたま近くにいた短パン小僧に教えられて、そこでようやくアヤトは自分が少し世間知らずであった事を教えられた。

「……というわけですよ」
「うん、分かった。有り難う」
「兄ちゃん、旅をしているんならそれくらい知っとけよー」

だっていきなり来るとは思わなかったし、とアヤトはもごもごと口の中だけで言った。
ミニスカートの女の子がポンポンと元気付けるように肩を叩く。

「さ、気を取り直してポケモン勝負!」
「えっ? あ、うん!」

急いで気を取り直と、ミニスカートの女の子と短パン小僧の少年が同時にモンスターボールを投げた――ので、アヤトもモンスターボールを二つ同時に投げた。

「ムックル!」
「ビッパ!」
「ヒコザル、コリンク!」

アヤトの初めてのバトルは、相手がマルチでアヤトの方はダブルという、少し変わった形態になった。
一対一の野生のポケモンとのバトルでも緊張するのに、トレーナーの指示を受けた、しかも二匹のポケモンを同時に相手にする。
頭をフルに回転させた。落ち着かなきゃと思うのに緊張感でどうにも張り詰めてしまう。
それでも、指示を良く聞いてくれたヒコザルとコリンクと、決して仲は悪くない二匹の連携のおかげで、勝利を得た。
はしゃいだ様子でヒコザルとコリンクが駆け寄る。アヤトは二匹を同時に抱え上げた。
腕の中で、二匹の目がキラキラと輝いている。

「有り難うな。……うああああ超可愛いぃぃぃぃぃ」

うりうりぐりぐりと頬擦り攻撃。
コリンクは笑顔で、ヒコザルは苦笑いで受け止めてくれた。

「強いじゃん、強いじゃん!」
「あーん、敵わないよ」

二人が自分のポケモンをモンスターボールに戻す。
アヤトもヒコザルとコリンクをモンスターボールに戻した。

「何だ、あんたちゃんとバトルできるじゃんか」
「ほんとほんと!」
「いや、こちらこそ相手をしてくれて有り難う。――あ、ねえねえ」

この際だから聞いておこうとアヤトは尋ねた。

「この先ってさ、本当にコトブキシティに繋がってる?」
「は? ちゃんと繋がってるよ?」
「うん。この先、すぐだよ」
「あ、ほんと? 有り難う」

タウンマップを確認する。
良く見て、先の道を見て、頷く。

「うん、良かった」
「あんた大丈夫か? ひょっとしてテレビしか観た事が無いお坊ちゃんだとか?」
「えー、ほんと!?」
「ああいや、俺、フタバタウン出身なんだけどさ。旅に出たばかり――」

ん? とアヤトは小首を傾げた。
ここまでそれなりに道を歩いた。
フタバタウンまで一度戻ったし、手持ちのポケモンもいるし、野生のポケモンをゲットしたし、こうしてトレーナーとの対戦も経た。
もう新米トレーナーなんて名乗れないんじゃないのか?

「……うん。ほとんどテレビを観たり、近場までしか行った事が無いから、このタウンマップ通りに世界が広がっているのがちょっと不思議でさ」
「そっかー。まあ俺もこの辺しか出歩かないけどさ。いろんな所を見るのはいいと思うぜ」
「そうそう。あ、私達とまたバトルしてね? 約束よ?」

うん、とアヤトは頷いた。

「また会いに行くよ」

バイバイ、またね、と手を振り合って別れた。
また草むらを抜ける。今度も野生のポケモンとは出くわさなかった。
が、代わりに看板を見つけた。

【御得な掲示板!
 戦いに参加したポケモンは経験値が貰えます!
 ポケモンをどんどん戦わせて、ポケモンをどんどん強くしよう!】

誰だろう、肝心の、この御得な掲示板を書いた人は。
小首を傾げつつも、アヤトはその掲示板の内容を記憶しておいた。
その先に更に進むと、また別の看板を見つけた。
長方形の御得な掲示板とは別で、横に長い楕円形だ。

【ここは202番道路 ↑コトブキシティ】

看板の後ろ側を見ると、しっかりとしたアスファルトで舗装された地盤と、短くはあるが階段がある。
その先には、街灯が並ぶ歩道と、立ち並ぶビルや店がある。
コトブキシティ、だ。
アヤトはその先に行こうとして、ふと気づいた。
左側の奥まった所の草むら。その奥に、奇妙な空白がある。
歩み寄り、屈み込んで手を伸ばしてみると、硬い手応えを得た。
不思議に思いつつ手を引いてみると、何故かいつの間にか、手の中に傷薬があった。

「え? あれ……?」

何で? と小首を傾げつつ、取り敢えず持っておこうと、リュックの肩ベルトを右側だけ外した。
リュックを左側に傾けさせ、腰を捻って左腕でリュックを抱え込み、右手でリュックを開けて中に傷薬を突っ込む。
蓋をして、再びリュックを背負った。
タウンマップを見る。
自分の現在地の目前には、確かにコトブキシティがあった。
ようやく、着いた……らしい。
ここに入って、ジュンを探さなくては。
コトブキシティから漂ってくる大勢の人の気配や匂いに戸惑いを感じつつ、少しドキドキしながら、アヤトはコトブキシティに進んだ。


 

 
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