マサゴタウンのポケモンセンターに入る。
ジョーイさんに二つのモンスターボールを預ける際、トレーナーカードをスキャンさせて宿泊の手続きを取った。
ポケモンセンターは旅をしているトレーナーのための宿泊施設も兼ねている。いつだったか母から教わった事だ。
今日は宿泊客がアヤト一人しかいないらしく、個室を取る事ができた。
回復を終えたモンスターボールを受け取る。
ジョーイさんに会釈を交わしてカウンターの横を回って奥に向かう。
廊下には引戸のドアがいくつか並んでいた。
その内の一つを開け、半畳ほどもスペースが無さそうな狭い玄関で靴を脱いで中に入る。
部屋の中にはシングルベッドが一つと、サイドテーブル、それに小さなテレビがあった。窓は一つで、ベージュのカーテンがかかっている。真っ白な壁にはハンガーを引っかけるためのフックが取り付けられていた。
一人用の個室だからなのか、部屋の大きさはこぢんまりとしている。が、部屋の中はきちんと整頓されていて、ベッドのシーツは染み一つ無く真っ白だ。
予想していたより綺麗な内装だ。
アヤトはリュックをベッドの脇に下ろして、上着をハンガーにかけた。
ベージュのカーテンを少しだけ開ける。
夕日の色は沈んで、代わりに宵闇の色が空の九割を侵食しつつあった。
――ヒカリとジュン、もうコトブキシティの辺りに着いたのかな。
カーテンを閉める。
今日このポケモンセンターに泊まっているのは自分一人だけ。あの二人は別の町にいる。
もしコトブキシティを出発していれば追いつくのが難しくなるが、とにかく追いつくしかないな、とアヤトは軽く首を振って思考を終結させた。
ベッドに座ろうとして、向かい合わせの壁面にもう一つドアがある事に気づく。
ハンガーフックの横にあるそのドアを開けると、中は洗面所とトイレと風呂だった。個室だからか面積は狭いが、擦り硝子のドアで隔てられた風呂にはきちんと湯船もあった。
湯船。
風呂。
幼馴染み二人に追いつかなければならないと沈みかかっていた気分が一気に最高潮まで上り詰めた。
――湯船に浸かってゆっくりするか……。
アヤトは風呂が好きだ。フタバタウンの実家にいた頃は、自分が長風呂をしたいので母に先に入ってもらっていたくらいだ。
アヤトはリュックを開けて中身を漁った。
中から丁寧に畳まれた薄手のパーカーとズボンを見つけたので引っ張り出す。
リュックの中身は母が用意したので想像するしかないが、多分、ポケモンセンターで泊まる際の寝間着だ。デザインがシンプルというか地味すぎるので間違いないだろうとは思う。脱衣所で服を脱いで風呂に入った。
シャワーを浴びてさっぱりして、湯船に浸かって更にさっぱりする。
ほかほかと湯気を立てながら上がり、サイドテーブルの上に置いたモンスターボールの開閉スイッチを押した。
ヒコザルとコリンクが飛び出す。
すぐに足元に擦り寄って甘えてきたコリンクにアヤトは思わず笑みを浮かべた。

「お前、人懐っこいなあ」

懐いてくれるのは有り難いが、元は野生だったのにこんなに人間に懐いて大丈夫だったんだろうかと思う。
人間という枠ではなく、自分に惚れ込んでついてきてくれたのなら、それはそれで嬉しいのだが。
アヤトはコリンクを撫で、タオルで濡れた髪を拭いた。
再びリュックの中を漁る。
――流石にこれは無いかなあ。
と思ったら、あった。
アヤトが愛用するブランドのメンズ化粧品だ。
日焼け止めに洗顔料に、ニキビ治療薬にリップ。
器がチューブだから確かに旅にはぴったりだ。
実家には他に瓶に入った化粧水やら香水やらがあるが、確かに旅先ではこれで充分……うん、充分だ。本当は乾燥が気になるから化粧水が欲しいけど我慢。荷物が増えるのは駄目だ。
もう風呂には入ってしまったので、あとで洗顔しようと洗顔料だけサイドテーブルに置く。
改めてリュックの中身を探ると、やっと目的の物を取り出せた。
タウンマップだ。

「ヒコザル、コリンク、これ見て」

ベージュ色のカーペットの上でタウンマップを広げる。
コリンク、ヒコザルと一緒に、それを覗き込む。

「今、俺達がいるのが、ここ。マサゴタウン。俺が出発したのは、このフタバタウンって所」

ふんふん、と二匹が頷く。

「で、俺は今、ジュンへの御届け物を預かってるんだ。ジュンに追いついて、それを渡さなきゃいけない。そのために、この先の、ここ、コトブキシティに行く」

うん、と割と真面目な顔でヒコザルが頷く。
うん、とコリンクがアヤトを見上げキラキラとした笑顔で頷く。
コリンクの横顔を見て、ヒコザルが少し呆れたような顔をした。
アヤトが頭を撫でてやると、コリンクがうっとりとした表情になる。

「可愛いなあ」

指先で顎の下を撫でると、これも心地良いのか、コリンクが頬を赤らめて頬擦りをしてくる。
――俺は男だから、このコリンクは女の子かな。
あの青いパソコンで調べるか、ジョーイさんに訊けば分かるかもしれない。
取り敢えず、それは明日だ。
今日はもう休もう。
アヤトはタウンマップを畳んでリュックの中に入れた。

「寝ようか」

モンスターボールを向ける。
ヒコザルは大人しく入ってくれたが、コリンクはいやいやと首を横に振った。

「御免なコリンク。でも今の内から人間と一緒に寝る癖を付けちゃうと、あまり良くないからさ」

テレビでたまに観る事がある。
ポケモンをあまり甘やかすと、人間にとってもポケモンにとっても良くないのだと。
幼い今の内は一緒に甘やかして一緒に寝てもいいかもしれない。だが、そこから先の影響が怖い。
それに、このコリンクは自分にとても懐いている。懐いてくれている。
だからこそ。
厳しいとか冷たいとか、そんな風に思われても、尚更に。
アヤトがじっと見つめると、コリンクがしょんぼりと俯いた。
尻尾もたらりと垂れる。明らかに気落ちした様子のコリンクに、アヤトはうっと息を詰まらせた。
――やっぱり厳しすぎたかなあ……?
アヤトが思った時。
コリンクが首をもたげて、ちょい、と鼻先でモンスターボールのスイッチを押した。
赤い閃光を浴びて、コリンクがモンスターボールの中に入る。

「……有り難う」

そっと呟いて、アヤトはモンスターボールをサイドテーブルに置いた。
コリンクとヒコザルは、トレーナーであるこちらの指示を飲んでくれた。
なら、これからは、それに相応しいトレーナーにならないと。
――頑張らないと。
うん、と頷き、アヤトはベッドの掛布団を捲ろうとして――サイドテーブルの洗顔料を見てふと思い出した。寝る前に洗顔をしないと。
さっさと終わらせて、今度こそベッドに入る。
ベッドはふかふかで、シーツは洗濯したてのようにさらさらで、とても心地良かった。
サイドテーブルの方に身体を向けると、二つのモンスターボールが見えた。
ヒコザルと、コリンク。
他の誰のでもない、自分の手持ちポケモンだ。
――何か、不思議な気分だな……。
こいつらのトレーナーは俺。俺以外の誰でもない。
これからずっと一緒にいる存在。
何だか凄いな、と意味も無く哲学的にそんな事を考えながら、アヤトの意識はすうっと優しい闇の中に溶け込んでいった。


 

 
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