外の空気を吸い、さて行こうか、と一歩を踏んだ。
その直後。

「アヤト!」
「え!? ――あ、はい!」

先程に、さあ行ってこいと言ったはずのナナカマド博士が扉を開けて研究所から出てきた。
アヤトが反射的にバッと振り向いて背筋を伸ばすと、ナナカマド博士は一つの物を差し出してきた。

「いい物があった。これも持って行くといいだろう!」

受け取ると、それは薄い円盤状の物だった。
大きさも見た目もCDに近いが、表面上の輝きはCDとはまた違う。

「それは恩返しの技マシンだ。技マシンを使うとポケモンに一瞬で技を覚えさせる事ができる。ただし、使えば無くなる。そして、恩返しはポケモンが君に懐けば懐くほど威力が強くなる技だ。勿論、技マシンを使うかどうかは自由だ。では、楽しい旅になるよう、私も祈らせてもらうぞ」

言うと、颯爽とした足取りで研究所に戻って行った。
ナナカマド博士のペースにもだんだん慣れてきたアヤトは、その背中を見送ってから、手の中の物を見つめた。
技マシン。
――あ、そういえばポケモン図鑑。
まだ手に持ったままだった。
リュックに入れようかなと考えるが、ふと思い直す。
――これで、全部のポケモンを見る、か。
いちいち出す物ならポケットに入れた方がいいだろう。
アヤトはポケモン図鑑をダウンジャケットのポケットに入れた。
そして改めて技マシンを見る。
恩返し。

「うーん……」

技とはポケモンが持つ力の事だろう。
技マシンは、それを覚えさせる事ができる道具。
しかし、一度使えば無くなってしまう。

「……保留でいいかな?」

右肩のヒコザルに尋ねると、物珍しそうに技マシンを眺めていたヒコザルはうんうんと頷いた。
分かっているのかいないのか良く分からないが、まあいっかとアヤトはリュックを下ろした。
どのスペースに入れようかな、と考えると、リュックの中にCDケースを見つけた。
掴んで引き抜くと、表面にラベルが貼ってあり、母の字で『技マシン入れ』と書いてある。
見越していたらしい。
ありがと、と素直に呟いて、ケースを開け、中に技マシンを収めた。
――あれ? CDケースに技マシン入れても大丈夫か?
入れてからハッと思ったが、技マシン自体に変化は無い。消えも壊れもしない。
じゃあいっか、とアヤトはケースを閉めてリュックに戻した。
リュックを再び背負う。

「博士って技マシンを持ってたんだ……」
「コウキ」
「博士も若い頃はポケモン勝負とかしてたのかな?」

ふふ、と笑うコウキは、同い年だろうが、大人びて見えた。
良く考えれば、ポケモン図鑑も持っていたし、トレーナーとしては先輩なのではなかろうか。

「アヤト、色々と教えてあげるよ。僕についてきて!」

胸を張るコウキが頼もしく見える。
アヤトは素直に、歩き出すコウキのあとについて行った。

「この赤い屋根の建物がポケモンセンター! 戦って傷ついたポケモンを元気にしてくれる場所だよ! ポケモンセンターはいろんな所にあるんだ!」

次いで、近くの、また別の建物へ。

「こっちの青い屋根の建物はフレンドりィショップだよ! いろんな道具を買ったり売ったりできるお店だね。アヤトはポケモントレーナーに成り立てだから買える道具が少ないけれど、まあ気にしなくていいよ!」
「傷薬は?」
「それは買えるよ、大丈夫」

そっか、と返した。
――また会ったら、あの店員さんにお礼を言っとかないとな。
とアヤトが思っていると、不意にコウキが振り向いた。

「そうだ! アヤト。ナナカマド博士のお手伝いでポケモン図鑑を作る事、家の人に言っておいたら? 遠くに行く事もあるから、言っておいた方がいいと思うよ」
「いや、俺は……いいや」
「え? 大丈夫?」
「むしろ何か旅に行ってこいって感じで送り出されたんだ。このリュックとか」

腰を捻ってリュックを見せる。
首元を温かく覆うスヌードを指先で摘み、

「このスヌードも、母親が用意していたんだ。何か、いつか旅に出る時のために用意しておいたみたいで。むしろ、ポケモンを貰ったなら旅に出るのが定番ね、って言われた」
「そっか。……んー、でも遠くに行くくらいの事は言っておいた方がいいと思うよ。御節介だとは思うけどさ。僕も家族がいるんだけど、定期的に連絡した方が家族も安心するみたいだし」
「……そう、だよな。……じゃあ、一度帰って、改めてちゃんと言ってくる」
「うん、その方がいいよ。あっ、その前にポケモンセンターでポケモンを元気にしてあげると安心できていいかもね! じゃ、また今度ね!」

またね、と手を振って、コウキは北の方角へと進んで行った。
マサゴタウンから出る道のりだ。
201番道路、ではない。
恐らくは、マサゴタウンの次の町へ至る道だ。
バイバーイ、と去って行くコウキの背中に手を振ってから、アヤトはアドバイス通りポケモンセンターに向かった。
自動ドアを潜って入る。
中はさっぱりとした清潔な空間だった。
広い部屋の壁や天井は全体的に白が基調だが、隅の方にはベンチや本棚があって、ゆったりとくつろげるようにもなっている。
初めて来た。
ヒコザルと一緒に周りを見ていると、大人の女性が一人、歩み寄ってきた。

「アヤト君、かな?」
「あ、はい。そうです」

ジョーイさんか、とアヤトは心の中で呟いた。
ポケモンセンターに常駐している女性。
母の旅の話で何度も出てきた。

「貴方のトレーナーカードです。ナナカマド博士に頼まれて、先程に発行が終わりましたよ。どうぞ」
「有り難う御座います」

瞬きをしながらトレーナーカードを受け取るアヤトを、新人のトレーナーと見抜いたらしい。
ジョーイさんが微笑んで言った。

「ポケモンを回復しますか?」
「あっ、はい。お願いします。――ヒコザル」

モンスターボールを掲げると赤い閃光が走る。
ヒコザルの姿がボールの中に吸い込まれた。
暴れたりする様子は――無い。
ほっと一息して、アヤトはモンスターボールを預けた。

「はい、お預かりします」

ジョーイさんはにっこりと微笑んで、カウンターの内側へと去った。
その背中を見送って、ふとアヤトは右肩の軽さに気づいた。
ヒコザルの分の重みが無くなっている。
寂しさもあるが――それ以上に、何かこう、肩凝りが。
――俺、まだ若いのにっ……!
いやそれでもヒコザルは結構重い。
けど、あの小さい手でぎゅっと、きゅーっと服を握り締めてくるから、降りてくれなんて無粋な事も言えないわけで。
どうしたもんかなぁ、と迷っていると、不意に声をかけられた。

「はい?」
「あの青い、お洒落デザインのパソコン。君もポケモンを連れているなら、自由に使っていいのだよ」
「あ、どうも」

何か耳寄りな情報を、親切に教えてくれたらしい。
アヤトが礼を言うと、老人はいやいやと朗らかに笑った。
ポケモンセンターの隅を見ると、確かにそれらしき物がある。
アヤトが近寄って眺めてみた。
家にあるパソコンとは異なり、立ちながら操作するタイプの物のようだ。椅子らしき物も無いし。
画面の下に、ボタンと、スリットがある。
これかな、とアヤトは受け取ったばかりのトレーナーカードをスリットに差し込み、上から下へと通してスキャンさせた。
ピピ、と小さな電子音が響く。
――合ってるかな?
多分これ電源ボタンだろ、とアヤトがボタンを押すと、画面に光が灯った。
機能の一覧が現れる。
パソコンは得意なので適当に見ていると、何となく使い方が分かってきた。
ふんふんと頷いていると、名前を呼ばれたのでカウンターに行く。

「有り難う御座います」

一つきりのモンスターボールを受け取る。
ヒコザルを出すか否か迷うも、ヒコザルの方から出てくる気配は無い。
――疲れて眠っているのかな?
分からない。
取り敢えず、モンスターボールを縮小状態にして、ベルトのホルダーに取り付けた。


 

 
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