変な夢を見た。
朝に起きて、思ったのはそれだった。
意識が目覚めた後、胸の中に奇妙な爽快感と苦々しさが込み上げてきた。
煙草の煙を吸った後に歯磨きをした時のような、何とも言えず不味い後味。
しかし、昨夜、眠る前に煙草の煙を吸ったりしただろうか。
このポケモンリーグ本部は全域禁煙だ。
昨日は書類の処理のためにずっとリーグ本部の私室にいた。
なら、どこで煙草の煙を吸ったのだろうか。
「あ」
いや、違う。
煙草の煙は吸っていない。
ただ、舌の上に苦みが広がるような、奇妙な夢を見た。
そう。
奇妙な夢を。
ワタルはベッドサイドテーブルに載せたポケギアを手に取った。
メール機能を表示させ、一気に打ち込んでいく。
『昨日、君とずっと一緒にいたんだ。適当に歩いていたら君と巡り会えてね。
そのまま二人でのんびりと散歩した。空が暗かったから夜だと思う。
外灯の明かりと月明かりだけだったけど、余計に高揚した。
今にして思えば何でもない道だったのに、君が隣にいて、他愛も無い話をするだけで、何だか非日常のように思えて楽しかったよ』
最後に一文を付け足す。
『夢の中だったけどね』
送信。
送信完了と表示されてから、ハッとなった。
――メールするほどの内容じゃないだろう……!
多分、と言える程度の確証だが、ユリは自分に対しては、二十代の男としての、落ち着いた態度を求めてきている。
ユリは彼女自身が落ち着いているというか淡々としているため、同系統のテンションの方がいいだろう。
それは分かっている……はずだったのだが。
――自分自身のテンションさえコントロールできないなんて……。
二十代といえば、それなりに経験を積んだ年頃のはずだ。
少なくとも、十代よりは。
「っと」
ポケギアのバイブ音が鳴る。
ユリからの返信だった。
呆れられただろうか。引かれただろうか。
それでも胸の鼓動は高まる一方で、ワタルは迷わず受信メールを表示させた。
『じゃあ、次のお休み、一緒に御散歩に行きましょう。
夜なら、人気も少ないでしょうし。
きっと私達のテンションには一番ぴったりのシチュエーションです』
そうだね、とワタルは思った。
夜に、散歩。
確かに自分達にはそれが好ましいだろう。
どこかに出かけてはしゃぐというタイプではない。
室内でゆっくりと話すのもいいが、たまには外もいいだろう。
『メールの内容、いきなりなのでびっくりしました』
だろうね。
俺自身ですら驚いたくらいだから。
『でも、私、夢の中の私に「いいなあ」って思ってしまいました』
ああ、それ、俺もだよ。
夢の中の俺達の方が充実しているなんて、少しまずいかな。
『けど、夢の中でも一緒だから、ほんの少し嬉しく思いました。
何せ現実世界の普段の生活でも、距離が遠いじゃないですか』
そうだね。
――ユリちゃん、結構ロマンチストだね。
苦笑する。
「――あれ……」
ふと、ワタルは胸の内に広がっていた奇妙な苦みが無くなった事に気づいた。
夢の中でユリと共にいて。
現実世界でユリと言葉を交わし合って。
特別に甘い物を噛み締めたような、そんな気分になった。