ユリは女性誌を読んでいた。
ファッション誌かと思いきや、表紙には流行りのデコレーションケーキが写っている。
見出しの文字を見ると、スイーツ特集らしい。
「ユリちゃん、甘い物が好きなのかい?」
「人並には」
ユリは雑誌から顔を上げた。
雑誌を持ち上げ、表紙を掲げて見せる。
「これは見ているだけですよ」
実際に行くのは面倒だからかな、とワタルは予想した。
「実際に行きはしません。面倒なので」
ああやっぱり、とワタルは思った。
最近、ユリの言動パターンが読めてきたような気がする。
ユリは、一見すると無表情だが、良く見ると楽しそうな表情で雑誌の頁を捲っている。
スイーツ特集の内容がそんなに面白いのだろうか。
ワタルは今までユリが持ってきた茶菓子を思い出した。
いかり饅頭。フエン煎餅。森の羊羹。
あとは、ケーキにシュークリームに、ゼリーやプリンの詰め合わせに……。
茶菓子として無難な物を選んでいる。
確かに、他人に贈る物としては最良の選択だろう。
――少し試してみようかな。
ワタルは内線を使って、リーグ本部の職員に連絡した。
三十分後。
「ユリちゃん、はい」
ワタルは、職員に頼んで買ってきてもらった物を掲げた。
紙製の箱だった。
側面に、全国的に有名なスイーツのチェーン店のロゴが入っている。
ユリは内心で首を捻った。
ワタルは自分からケーキを買いはしない。
大抵はいかり饅頭などの和菓子だ。
そんなワタルが買ってくるなら、行列のできる有名店や、ネットで取り寄せた高級品だと思っていたのだ。
それなのに、確かな味と安さで庶民に安定した人気を得ているチェーン店の商品。
勝手な想像だとは分かっているのだが、それでも違和感を覚えた。
「ケーキですか?」
「そうだよ。たくさんあるから、好きなのを食べて」
テーブルの上に箱を載せ、開ける。
テイクアウト用の中でも大きめのサイズの箱には、十数個のケーキが互い違いにぎっしりと詰まっていた。
「ワタルさんからどうぞ」
これも予想していた言葉だ。
予め考えておいた台詞を言う。
「いや、俺はどれでもいいから。せっかくだからユリちゃんから選んでよ。俺はコーヒー淹れてくるから」
キッチンに立ち去る。
コーヒーメーカーに水を入れ、ペーパーとコーヒー粉をセットする。
スイッチを入れると、微かな電子音を立ててコーヒーメーカーが作動し始めた。
コーヒーの香りが漂い始める。
ワタルはキッチンからそっと顔を出した。
テーブルの前のソファを見る。
――さて、どうかな……。
ワタルの視線に気づいていないユリは、箱の中のケーキをじっと見つめていた。
三つのケーキを持ち上げ、手元に寄せる。
その中から更に選ぶのだろう。
チョコレートケーキ、モンブラン、アップルパイ。
その三つを見つめ続けている。
背後で、コーヒーメーカーの電子音が止まった。
ユリはまだ決まらないらしく、首を捻ったりケーキ三つを見比べたりしていて、表情も困ったり眉根を寄せたりとコロコロと変わっている。
大分面白い。
ワタルは笑いを堪えながら、コーヒーを注いだ二人分のマグカップと、食器棚から取り出したフォークを持って戻った。
「ユリちゃん、選んだ?」
「あ、ええと、この三つの内のどれかを貰おうかと」
「三つとも食べてもらっても構わないよ。ケーキだから早めに食べておきたいし」
「……いいんですか?」
「俺一人じゃ消費し切れないしね」
「他の方には頼まないんですか?」
「俺はユリちゃんと食べたいんだ」
沈黙が流れた。
「え、ええと……じゃあ、頂きます」
「召し上がれ」
ユリはワタルから受け取ったフォークを手に取る。
一つ目はチョコレートケーキ。
チョコレートのプレートをパクリと食べて、ユリは頬を綻ばせた。
「ユリちゃん、これあげる」
「あ。有り難う御座います」
ワタルがティラミスの上のチョコレートプレートをユリの皿に載せると、意外と素直にユリは喜んだ。
嬉しそうな笑みが深まる。
「おいしい」
無防備な笑顔が浮かぶ。
意外と子供っぽいなあ、という感想をワタルは喉の奥で飲み込んだ。
ユリはチョコレートケーキとモンブランとアップルパイと、チョコレートのプレートが好きらしい。