十二月二十五日。
ポケモンリーグ本部にあるワタルの私室。
「ワタルさん、てっきり忙しいとばかり思っていましたけど」
ユリは定位置のソファに座った。
ワタルはテーブルのシャンパンの封を開け、テーブルの上に置いたグラスに注いだ。
グラスの中で炭酸が弾けていく。
「クリスマスに挑戦者なんて来ないよ」
「クリスマスだからこそ来ると思ったんですけど。ほら、恋人にいい所を見せたいとか、そういうノリの人とかいないんですか?」
うーん、とワタルは記憶を遡った。
「……そういえば、過去にいたような気もするけど。でも、ほら、俺達、いい所を見せさせてあげられるほど甘くないから」
「成程」
挑戦者の人はさぞ泣いた事だろう。
ユリはシャンパンのグラスを受け取った。
くん、と匂いを嗅ぐ。
「あ、ノンアルコール」
「アルコール入りのも用意しているけど」
「遠慮します。未成年ですし」
「そう?」
ワタルは用意していたワインの瓶を下ろした。
代わりに、横に置いていた物をユリに差し出す。
「はい、プレゼント」
「あ、どうも」
ワタルが差し出したのは、大きな靴下の形の箱だった。
中にたっぷりと菓子が詰まっている、クリスマスに定番のプレゼントだ。
子供向けの。
「有り難う御座います」
ユリはプレゼントを受け取って、にこりと笑った。
じっと見てくるワタルに、
「……あの、ちゃんと嬉しいですよ? 御菓子だって充分なプレゼントですし」
「そっか」
「どういう反応を期待していたんですか」
「物足りなさそうな顔をしてくるか、子供扱いするなって怒られると思った」
ワタルが至近距離まで近づく。
ユリが訝しげに見上げると、ワタルはユリの首の左右から後ろにそっと手を回った。
「はい。プレゼント」
「え」
首に微かな感触を感じる。
ワタルが手鏡を差し出してくる。
首に、ネックレスがかけられていた。
「うん、思った通り。似合ってる」
シルバーチェーンの先に、シンプルなハートの形のペンダントトップが通っていた。
大人びたデザインで、ユリも一目ですぐに気に入った。
「有り難う御座います」
「最初は指輪にしようと思ったんだけど、作業の邪魔になるかと思って」
「なりますね」
「でしょ? ――これもあげる」
手鏡を渡された。
良く見ると、クリスマスらしい、ミニヒイラギの飾りが付いていた。
「……有り難う御座います」
「気に入ってくれて嬉しいよ」
ワタルは微笑んでいる。
何となく、その微笑が気に食わない。
「……どうしてそんなにやにや笑っているんですか」
「いや、ユリちゃんがわざと無表情を取り繕って硬い口調で言っている辺り、本当に嬉しいけど、照れ隠しをしているんだろうなあ、と。――見え見えでさ」
手近なクッションを投げつけた。
「全く、大人の余裕だからって……」
「いや実際に年上だし」
「はいこれプレゼントです」
ユリはテーブルの上に白い箱を置いた。
ワタルはクッションをソファの上に戻して、箱を開けた。
中から出てきたのは、ホールケーキだった。
「最高の品質の木の実で作ったポフィンケーキです」
「という事は」
「勿論、ポケモン用です」
「俺には?」
「それとそっくりなケーキです」
ユリはもう一つ、別の箱を取り出した。
蓋を開ける。
全く同じ見た目のホールケーキが出た。
「ああ、だからケーキを注文するなって言っていたんだね」
ワタルは一ヶ月前の会話を思い出した。
『クリスマスの予定は空いていますか?』
「君から連絡してくるなんてね。空いているよ」
『じゃあ、ケーキは買ってこないで下さいね』
「分かった」
『……理由は聞かないんですか?』
「そんな野暮な事はしないよ。じゃあ当日に」
『はい』
「あと、これ」
ユリはテーブルの上に籠を置いた。
平たくて大振りの籠だ。
バッグとして使うのではなく、部屋の中に置くタイプだろう。
籠の中には様々な花が咲いていた。
フラワーアレンジメントの籠だ。
造花ではないが、コールド加工がされていて、長持ちしやすいようになっている。
「綺麗だね。有り難う」
「どういたしまして」
「……?」
ワタルは不意に首を捻った。
「コーヒーとフォーク、用意してきますね」
ユリは立ち上がってキッチンの方に行く。
勝手知ったる他人の部屋。
ユリが立ち去った隙に、ワタルは籠の中をじっと見た。
今までのユリと付き合ってきた勘が、何かを囁く。
何かある。
何か隠されている。
そして、恐らくユリは、それに気づかれない事を期待している。
なら気づいてやろう。
ワタルは花を傷つけないよう、指先でそっと探った。
「……あ」
何かがきらりと光る。
ポインセチアの束の中。
天井の蛍光灯の明かりに照らされて、何かが光っている。
ワタルは指先でそれを摘み上げた。
そして、思わず噴き出した。
「……自分から『プレゼントです』って言い出さない辺り、本当にユリちゃんらしい」
指先で、摘み上げられたシルバーチェーンと、それに通された指輪が、きらきらと輝いていた。