※恋人になった後の設定です


 リーグ本部にあるワタルの私室。
 ソファに座ってユリが本を読んでいると、ワタルが話しかけてきた。

「ユリちゃん」
「はい?」

 ユリは顔を上げた。
 傍らにワタルがいた。手に菓子の箱を一つ持っている。

「今日は十一月十一日だね」
「そうですね」

 ユリはポケギアの日付を確認した。
 確かに今日は十一月十一日だ。

「これをやらないかい?」

 ワタルは菓子の箱を掲げて見せる。
 その菓子の箱を見せられて、この日付。
 そうくれば、一つしかない。

「……あれですか」
「やらないかい?」
「やりたくないです」

 ユリはスッパリと言った。
 冷たいというよりは淡々とした表情だ。
 ひたすらテンションが低い。
 が、ワタルはユリのそんな態度には慣れている。

「気が乗らない?」
「乗らないです」
「でもやろうよ」

 ワタルは押し切るように言った。
 ユリの隣に腰掛け、左手を腰に回して、身体をぴったりと密着させる。
 予想通り、ユリの頬が紅潮して、身体がぴしりと硬直した。
 心臓が早鐘を打ち始める。
 腰元に回された手が下から上へと這い、脇腹の辺りをゆっくりと撫でる。

「ひ」

 ユリはぴくりと跳ねた。
 脇腹は苦手だ。
 というより、自分でも滅多に触らない場所なので鍛えようがない、と思う。
 こういうところを知っている辺りは年上の大人とでも言うべきところなのだろうか。

「……っ」

 脇腹を撫でられるという状況もそうだが、至近距離にワタルが密着しているという、この状況が既に無理だ。
 ワタルの方は飄々とした笑みを崩していない。
 無性に腹立たしく思えた。

「やらない?」

 ワタルの笑みは先程から全く変わらない。
 いっそキラキラとしているようにさえ見える。
 ユリは奥歯を噛んだ。
 緊張をほぐすため、吹き飛ばすために、声を張り上げる。

「いいですけどね別に!」

 ユリとしては大音声を出したつもりだったが、実際には至近距離のワタルの耳にぎりぎり届く程度の音量だった。
 ワタルは腹から込み上げてきそうな笑いを喉の奥で押し殺し、ユリの唇に一本取り出した菓子の先端をそっと押し当てた。
 ユリは唇を薄く開けた。
 口に銜える。
 ぽりぽり。
 ぽりぽり。

「……ユリちゃん。君の方からも食べ進めてもらわないと」
「で、できないですよ、こんな至近距離で……っ」

 ユリとしては銜えるだけでも十二分に頑張った方だ。
 脇腹を上下にさする手の感触の事もあり、オーバーヒート寸前の思考を制御するだけで脳の処理能力は精一杯である。

「――じゃあこうしよう」
「はい?」

 ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽりっ。
 ちゅ。

「――!?」

 高速で菓子が削られていく音の直後。
 ユリは唇に当たった柔らかい感触に目を見開いた。
 ワタルは舌でユリの唇の表面を舐め、淡く吸ってから離れた。

「さ、ユリちゃん。――まだまだあるよ」

 ワタルは袋の中を見せた。
 まだ十数本が残っている。
 ユリの目尻からぽろりと涙が零れた。

「ひ……」

 怖じ気づいたように肩を落として縮こまる。
 ワタルの笑みは更に輝く。

「はい二本目」
「も、もうやったじゃないですかっ」

 ワタルは二本目を差し出した。
 ユリは涙目で顔を真っ赤にする。
 それが男の劣情をそそらせるのだという事に、一回り年上の恋人を持つユリは、果たしていつ気づけ――気づかせてもらえるのだろうか。


 

 
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