二日後。
 リーグ本部の受付で事情を話すと、私室に案内してもらえた。
 ワタルの方が事前に話しておいてくれたらしい。
 それですんなりと話が通ったのだと納得したが、それでも本当に案内してもらえた事には驚いた。

「こんにちは」
「いらっしゃい」

 ワタルは笑みで出迎えてくれた。
 ソファを勧められる。
 促されるままに座った。

「饅頭です。どうぞ」
「ああ、有り難う」

 愛想の良い笑みが深まる。
 相変わらず、淡泊で乾いた表情だ。

「今日は大丈夫でした?」
「大丈夫だよ。挑戦者もいないし」

 コーヒーを差し出される。
 どうも、と受け取った。
 苦い香りが鼻孔をくすぐる。コーヒーの匂いは好きだが、銘柄は分からない。

「ドリップで適当に入れただけなんだけど」
「いえ、私もいつもドリップで適当です」
「そう? なら良かった」

 ――銘柄の話題が出なくて良かった……。
 少しほっとした。
 兄なら語れるかもしれないが、ユリは銘柄などにはあまり詳しくない。

「ワタルさんのイメージって、高嶺の花ですね」
「え? どうしたんだい、急に」
「すみません、今ふと思ったんです。ワタルさんは頂点にいて、上ってくる挑戦者を迎える、ポケモントレーナーの高嶺の花かなあ、と。――背後にカイリューが控えてる」
「ああ、成程」

 ワタルは小さく笑った。
 花と言われたのは初めてだ。

「……花って言ったの、嫌でした?」
「いいや」
「良かった」

 ユリはほっとした。
 ふと、視界の隅にカラフルな色がちらつく。
 部屋の隅に目線を移すと、そこには何十か何百か、数え切れない包みが山積みになっていた。

「あれ、全部プレゼントですか」
「検閲済みのやつだけ、だけど」
「凄いですね」
「有り難いんだけど、開封が追いつかなくてね。手紙は一応、全部に目を通してはいるけれど」

 ――律儀な人だなぁ。
 それだけで一日が終わるのではないだろうか。

「チャンピオンとしてのイメージは崩さないように、って、一応は努めているんだけど。だからといって変な憧れを注がれても困るんだけどね……」
「あるんですか? そういうの」
「あるんだよ。色々と。困った事にね」

 眉尻を下げた笑みを浮かべる。

「俺だって一人の人間だよ。生身の人間。それなのにヒーロー扱いされてもね」
「ヒーローですからね」
「どの辺りが?」
「チャンピオンっていう立場と、それに見合った強さと、それに釣り合う人格ですよ」
「嬉しいけど、実は三つ目は未だに自信が無いんだ」
「ならむしろ大丈夫ですね」
「何で」
「人間、油断したら終わりですから」
「……まあね」

 ワタルは溜息をついた。
 その目を見て、ユリは率直に言った。

「ワタルさん、何か目が殺伐としていますよ」
「心が殺伐としているからね」

 ワタルは笑った。
 机の上、マグカップから立ち上る湯気を見つめる。

「……チャンピオンである事に、ちゃんとプライドはあるし、重要な立場だという事も分かってる」
「はい」

 独り言と捉えられるかもしれないと予測したが、ユリは返事をしてくれた。

「でも俺としては、チャンピオンとして君臨するより、バトルしている時の方が楽しいんだよね。……分かる?」
「自分を目標として目指してきた挑戦者と対峙する瞬間が一番、という事ですか」
「そう。――ユリちゃんなら分かってくれると思った」

 笑みが湧き上がる。
 顔面の筋肉が緩んだのが自分でも分かった。

「……今、何か久し振りに本気で笑ったような気がする」

 嬉しい、という感情が込み上げてくる。

「――今まで、一緒にいて、楽しいって思えたの、ユリちゃんが初めてだ」


 
 

 
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