ワタルの腕に抱えられたミニリュウは、相変わらずつぶらな瞳を向けてくる。
トレーナーはナズナだが、ワタルの言う事も聞くのかもしれない。
「そのミニリュウ、ナズナちゃんのミニリュウですよね?」
「いつの間にか俺のマントに引っ付いたらしくて……。見つけたらいなくなるし、まさかと思って探してみたらやっぱりここにいて」
ミニリュウは抱えられたままじっとしている。
一見すると大人しそうにも見えるのだが。
「……ここが好きなの?」
尋ねてみると、ミニリュウは人間のように首を横に振った。
違うんだ、と思いはしたが、表情には出さない。
「じゃあ何でここに来るの?」
またつぶらな瞳で見つめてくる。
分からない。
ルカリオに波導で通訳を頼もうかと考えたが、そこまでする事でもないかと思い直した。
ふと、ミニリュウが首をもたげて、鼻をくんくんと動かす。
何かの匂いを嗅いでいるらしい。
何か変わった匂いでもあるかな、と考えて、ユリはハッとなった。
背後から、ぷいーんと苦い匂いが漂ってくる。
「薬の匂い?」
「え? あ、そうです、けど……」
何で分かったんだろうと思っていると、ワタルは眼差しでユリの背後を指した。
机の上。作りかけの薬の材料などが散らばっている。
「凄いね。本当に一人で作れるんだ」
「まあ、仕事ですから」
ユリとしては、実際に患者のポケモンを診る兄のセリや、泣いて暴れる小さなポケモンを宥めながらも押さえるラッキー達の方が凄いと思っている。
無論。
目の前のワタルも凄いと思う。
セキエイリーグのポケモンチャンピオン。
男性としてもかなりの魅力を持つ人。
そこでふと、先程の自分が放った言葉を思い出す。
仕事。
――ワタルさんにとっては、セキエイリーグのチャンピオンっていうのが仕事なのか。
それは、納得して楽しめているものなのだろうか。
時には嫌だと思う時はあるのだろうか。
目の前の笑みからはそういった負担は読み取れない。
色々な人と会って、表情の奥底に秘めた感情や意図を読み取る事には慣れている――つもりだが、ワタルの笑みがそれより強固なものなら、それ以上を読み取る事はできない。
ましてやワタルは、恐らく年齢は一回り上。
その年月の分の経験を積み重ねてきたのだろうから。
「あの、ワタルさん」
「何だい?」
目の前にいるのは格好良い人だ。
外見も、雰囲気も、表情も。
笑みの表情は整っている。隙が無い。慣れているのだろう。
だから、作り物の表情だと分かる。
でも、笑みを作っているという『負担』が見当たらない。
無意識に笑みを作っているのか。
笑みを作る事すらも負担にはならないのか。
「お聞きしてもいいですか?」
「構わないよ」
ワタルは笑みで頷く。
ユリは内心で苦笑を零した。
――「いいよ」じゃなくて「構わないよ」か。
恐らくは、こちらの質問を先読みしている。
表情を読まれたか。
あるいはこれまでの行動や思考回路を読まれたか。
どちらにしろ、経験や年齢という点では大きく差を付けられているのだ。
無理に埋めようとしても追いつける差ではない。
なら、年下として甘えてみようか。
「――ワタルさんの経緯とか、一通り教えてもらえないでしょうか?」