せっかくの機会を一つ逃してしまったが、仕事を疎かにするわけにはいかない。
気持ちを切り替えて、仕事をこなしていく。
通常の包丁より小型の果物ナイフで木の実の皮を剥く。
剥いた皮を更に細かく刻み、ボウルに入れて、皮を剥いた木の実も一緒に入れる。
包丁を置いて、ビニール製の手袋を填める。
ボウルに皮と木の実を入れて、一緒に揉み込んでいく。
その木の実の持つ特有の匂いが漂う。
苦い。
鼻を通って舌の上につんと広がる。
この苦さが良薬になるのだが、良薬だからこそ、匂いだけでも相当にきつい。
混ぜに混ぜて、程良く伸びる生地になったら、適度な大きさに千切って丸める。
乾燥させたら丸薬の完成だ。
あまりに苦くて、幼いポケモン達は口に入れるどころか近づけるだけで泣き出してしまうが、一粒飲めば風邪も腹痛も頭痛も治る結構な万能薬である。
じゃあ幼いポケモン達にも飲めるようにと、以前、粉薬を作ってみたら、それも苦くて結局は泣き出されてしまった。
難しい。
「うーん……」
この苦い匂いは、魚のような生臭さは無いのだが、とにかく苦い。
一日経てば薄れるが、逆に言うと一日は絶対に消えない。
だから買い出しなどもできなくなる。
しかし木の実と薬の効果は絶大だ。
難しい。
ボウルの中でひたすら手作業で混ぜながら考え込んでいると、背後でノックのような物音が響いた。
外側から誰かが窓を叩いている。
中庭で遊んでいるポケモンだろうか。
しかし、子守りのガルーラやキレイハナがおやつのポフィンをあげているはずだし、仕事をしているから邪魔をしてはいけないとルカリオ達が教え込んでおいてくれているはずだ。
じゃあ何だろうとユリはボウルに手を突っ込んだまま振り向いた。
そして硬直した。
「――なん、で……?」
天敵というべきか宿敵というべきか、窓の外にはあのミニリュウがいた。
窓枠に器用に身体を引っかけて、にょろりと身をもたげて室内を覗き込んでいる。
ユリもトレーナーとして、たとえ同じポケモンでも、自分の手持ちと野生の区別くらいはできる。トレーナーとしては必須というか自然に身に着くスキルといってもいい。
そのスキルと勘が告げている。
あのミニリュウは、あのミニリュウだ、と。
――ナズナちゃん、ほんとちゃんと管理して!
思わず後ずさってしまう。
あのミニリュウはどうにも苦手だ。
あのつぶらな目で見つめられると、どうにも、こう……。
「え」
「あ」
窓の外のミニリュウを、不意に伸びてきた腕がひょいと掴まえて抱え込んだ。
ミニリュウは特に暴れる事無く、大人しく抱えられる。
そのミニリュウを抱える相手と目が合った。
相手はナズナではなかった。中庭のポケモン達でもない。
衣服を纏った成人男性。
「やあ、ユリちゃん」
「……ワタルさん」
ユリは思わず呆然とした。
窓を開け、取り敢えず、言いたい事を言う。
「……不法侵入ですよ?」
「度々すまない……」
ワタルは肩を落とした。