フスベシティの入口に降り立つと、そこに件のキュウがいた。
 彼は手に一冊のファイルを持っていた。

「やあ」
「……どうも」

 トゲキッスから降りる。
 礼を言って翼を撫で、モンスターボールに戻す。

「これ」

 キュウはファイルから一枚の紙を取り出し、掲げて見せた。
 紙は傷み、黄色くなってしまっているが、アーボックがのたくったような奇妙に捩れた文字が書き連ねられているという事は分かった。
 何かの書類らしい。恐らくは、相当に昔の物。
 もしかしたら羊皮紙か藁半紙かもしれない。断定できないのは、ユリは実際の羊皮紙や藁半紙を見た事が無いためだ。
 これは何かと問おうとして、ユリは息を呑んだ。
 書類の最後には何かの署名とサインがあった。

「……まさか」

 ユリは目を見開いた。
 キュウがにこりと笑う。

「そう。君の先祖が署名した契約書だ。要約すれば、フスベの永久追放の罰を大人しく飲む、という内容になる」
「聞いていませんよ、こんな書類があるなんて」

 書類にはきっちりと署名とサインがある。しかも今の今までフスベの関係者に保管されていた。
 大昔の物とはいえ、もし違反して、これを見せられていたら――。

「その辺りは君の御先祖様の伝達ミスだね。――でも今まで良くやったね。本当に」

 キュウは笑った。
 書類の上部に両手の指をかけ、

「君は格闘道場でのイブキのバトルに勝ち、イブキに認められた。そして、現在の長老と、僕が出した答えはこれだ」

 一息に書類を引き裂いた。
 一度、二度、三度。
 書類は繰り返し破かれ、その度に小さな紙片になり、舞い散る紙吹雪を、

「キュウコン」

 トレーナーの意志に応えたキュウコンが炎を吐き出し、燃やした。
 紙片が炎に飲まれ、その灰さえも焼かれて、無くなる。
 もう跡形も無い。
 あっという間だった。

「さあ、これで君の一族の罪は無くなった。数百年に及ぶ年月を捧げて、ね」
「あ……」

 ユリは半ば呆然とした眼差しで手を伸ばした。
 空中には、紙片も灰も、何も無い。
 何も残っていなかった。

「――いや、浄化といってもいい。数百年なんて気の遠くなるような時間を一途に待ち続けたんだ。君達の一族は尋常ではないくらいに純粋で純朴だ。その子孫である君は、どれくらい綺麗なんだろうね」

 綺麗という単語を向けられたが、褒められた気はしない。
 むしろ馬鹿にされたような気がする。

「良く数百年もこんな罰を受け続けたな、なんて思っています?」
「いやいや。……どうして君はそう邪推するんだい?」

 キュウが苦笑いを寄越してくる。
 その笑みだ。
 その表情が信用できない。
 笑っている時だけではない。ただ話している時でも、キュウには上から見下ろされているような感覚がある。
 年下の人間として可愛がっているのではない。
 憐れむような感情を感じる。
 それが嫌だ。

「……うん、そうだな。君になら話してもいいかな」

 キュウがユリの耳元に唇を寄せる。
 そして、囁くような音量で呟いた。

「――はい?」

 話を聞いたユリは素っ頓狂な声を上げた。
 ふふ、とキュウは楽しそうに笑う。

「そういう反応されると思ったよ。あ、今の秘密、誰にも言わないでね。言ってもいいけど別に誰も得しないし」

 キュウはくるりと身体の向きを変えた。
 傍らのキュウコンの尻尾がふさりと花開く。

「じゃあね。――お疲れ様」

 気軽な口調で言って、キュウは駆けて行った。
 その傍らをキュウコンが軽やかな足取りで追って行く。
 ユリは首を捻った。

「……何で走るんですか?」

 というか、

「数百年もかかった事を、そんな『一仕事お疲れ様でした』みたいなノリで言わないで欲しいんですけど……!」



    *



 気分が高揚したので取り敢えず駆けた。
 斜め後ろを走るキュウコンが追いつき、隣に並ぶ。
 流石はポケモンだ。全力を出してもすぐに並ばれた。
 当たり前、だろう。
 人間は機械などを使って自然を掌握し、ポケモンはその身一つで自然の中で生きているのだから。

「キュウコン、俺の秘密、フスベ以外の人に喋ったよ」

 キュウコンが淡い鳴き声を立てる。

「――そう。あの子、気に入っちゃったからさ。思わず喋っちゃった。久し振りだなあ、あんなにドキドキしたの!」

 キュウコンが再び鳴き声を立てる。
 今度は鋭いものだ。 キュウは走りの速度を落とした。
 駆ける勢いを小走りまで緩め、

「――ワタル君か」

 向こう側の道からやってきた青年を見つけた。
 向こうも驚いた顔をしている。

「キュウ、……走りでもしたのか?」
「まあね。君こそ、こんな所で何しているの?」

 フスベシティの中心地から出入口を繋ぐ道だ。
 が、あまり舗装されておらず、町の外の草叢にも程近い道であるため、住民は滅多にここを通らない。
 通るとしたら、人目を避けて移動したい手練れのトレーナーくらいだ。
 それには、数少ない例としてワタルやキュウも含まれる。

「ミニリュウが何か騒いでいる、と長老から連絡があって」
「ああ、そうなの?」

 まあそうだろうね、とキュウは思った。
 何せ、先祖のあの子の血と匂いを継ぐ者が、フスベの近くまで来たのだから。

「そうだ、ちょっと報告」
「何だ? ……何か不思議なくらいハイテンションだな」
「不気味なくらいと言わなかったのは褒めてあげよう。その御褒美だ。――今そこまでユリちゃんが来ていたよ」
「……ユリちゃんが?」
「そうそう。ユリちゃんが」

 キュウは満面の笑みで頷いた。
 ここ最近で稀に見る――というか、ワタルは初めて見たかもしれない表情だ。

「キュウはユリちゃんが関わると楽しそうだね」
「いやだってあの子、色々と凄いし、面白いから」
「? 凄くて、面白いのかい?」
「そうそう」

 何せ数百年の罰を終わらせたのだ。
 彼女の一族にとっては、大きな一つの区切りになったはずだ。
 本当に凄い。
 そして、彼女にそれを思い起こさせた契機は――。

「ふふふ」
「何だい?」
「いや御免、何でもないよ」

 自分の知っている情報を全て喋ったら、ワタルはどういう答えを出すだろうか。
 それはしてはならない、とは分かっている。
 ただ、ユリは自分の努力をワタルに伝えるのだろうか。
 そこは敢えて伏せて、自分の気持ちだけを伝えるかもしれない。
 何となくだが、ユリならそうするだろうという考えがある。

 ――その辺は有効活用してもいいと思うけどなぁ、僕……。

 ユリ本人には確認を取っていないのに、何故かこの予測は外れている気がしなかった。


  

 
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