「――おめでとう。貴女の勝ちよ」
イブキが歩み寄ってくる。
ユリはゲンガーに「有り難う」と一声かけ、モンスターボールに戻した。
「今まででもトップレベルの挑戦者だったわ。……最初は四地方を旅したのだから当たり前と思っていたけれどね。色々と無茶苦茶よ。特に最後のゲンガー」
「イブキさんも無茶苦茶ですよ。プテラとリザードンなんて予想外でした……」
ユリはぐったりと肩を落とした。
イブキは片手を差し出した。
「さあ。勝利の証よ」
ライジングバッジ。
ユリはそれを受け取った。
フスベジムのジムリーダー、イブキに勝利した証。
「あと、――貴女、これから時間ある?」
「え? ……ええと」
ユリはポケギアで時間を確認した。
夕食までは――まだ少し余裕はある。
「……少しなら」
「そう。じゃあ行きなさい。……フスベシティへ」
え、とユリは顔を上げた。
「フスベシティの入口に、彼がいるわ」
「……キュウさん、ですか」
イブキは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私は正直、信用ならないと思っているのだけれども。――でも長老様やワタル兄さんはあの男を信用しているのよ」
「あの人、どういう人なんですか?」
「さあ。でもワタル兄さんは友人のように接していて、長老様は……何か特別な人のように崇めているわ」
「……そうですか」
ユリはバッジケースを取り出した。
久し振りに開けるジョウトのバッジケース。
その最後の窪みにライジングバッジを収めた。
「やったじゃん、ユリ勝った!」
ゴールドがじゃれつき、ハグをしてくる。
「おめでとう、ユリちゃん」
「ゲンガー、また強くなったんだね」
ミカンとマツバが来る。
ユリの手の中でモンスターボールが開き、ゲンガーが飛び出た。
「やあ。元気だった?」
マツバがゲンガーの頭を撫でる。
ゲンガーは目を細める。
結構嬉しそうな顔だ。
「ミカンさん、マツバさん、わざわざ有り難う御座いました」
「また遊びに来て下さいね」
ミカンの微笑にユリも笑みで「はい」と頷いた。
「これからどうするんだい?」
マツバの問いに顔を上げる。
マツバの目は不思議な色を放っていた。
試しに問うてみる。
「……何か、まずい事とかありますか?」
「それは君の定義にもよるね。――でも、君の行動力なら、きっと成せると思うよ」
マツバの手がユリの頭に近づき――頭を撫でるのではなく、肩を叩いた。
「敢えて言うよ。――頑張って」
「はい」
ユリは頷いた。
マツバに一しきり撫でてもらい、満足したゲンガーが自らモンスターボールに戻った。
「それではイブキさん、ミカンさん、マツバさん、有り難う御座いました。――グリーンとゴールドも」
「また連絡しろよ」
「今度遊びに行くからなー!」
ユリは頭を下げ、格闘道場を出た。
モンスターボールの一つを放つ。
「トゲキッス」
現れたトゲキッスは少し御機嫌斜めだった。
目尻が、ほんのわずかではあるが釣り上がっている。
「御免。君を信用していなかったわけじゃないんだよ」
トゲキッスは結局、バトルに出せなかった。
勿論、ユリはトゲキッスの戦略パターンなど考えていた。
しかしエレキブルやゲンガーとの噛み合わせや連携が予想以上に上手くいったのだ。
「でも空を飛べるのは君だけなんだ。――お願いするよ」
ふん、と鼻を鳴らしつつもトゲキッスは翼を広げた。
有り難う、とユリは背中に乗っかった。
「フスベシティへ」
トゲキッスが羽ばたきを始める。
格闘道場はあっという間に遠ざかって行った。
*
人間一人を乗せたトゲキッスがぐんぐんと小さくなっていく。
相当に速い飛行だ。ユリ自身も空を飛ぶでの移動に慣れているのだろう。
それを見送った後、ミカンとマツバはそれぞれの町に帰り、途中までゴールドがついていく事になった。
イブキは町のポケモンセンターでポケモンを回復させた後、フスベシティに帰るとの事。
「審判役、御苦労様」
「ん、ああ。そっちもお疲れさん」
会話を終え、イブキは去って行った。
グリーンはポケギアを取り出した。
「――俺。ユリとイブキのバトル、ユリが勝ったぜ」
『……そう。じゃあユリはシロガネ山に来られるんだ』
「ん? まあそういえばそうだな。これで許可が下りるわけだ、シロガネ山に入るための」
『いつ来るかな』
「それは分からねえよ。つかあいつシロガネ山の入山許可云々とか、お前がそこにいる事とかそもそも知ってんのか?」
『グリーン伝えてよ』
「暇だったらな」
『僕は暇だ』
「じゃあ下りてこい。――まあ、あいつ、[用事]を済ませて、暇だったら行くんじゃねえの?」
『いつ?』
「さあな」
『……まあいいや。待つよ』
「そうかい」
『だからちゃんと伝えてね』
「だからお前が下りろって」
ブツッ。ツーツーツー。
一方的に、かつ強制的に会話は終わらされた。
いつもの事だ。
グリーンはポケギアの通話を切った。
「さて、あいつどうするのかね……」
遠くの空、トゲキッスの姿はもう見えない。