昔、といっても、それほど昔ではないかもしれない。
最近ではないのは確かだ。
久し振りにユリの姿を見た時、ああ懐かしいなと思った。それくらいの時間は経ったのだろう。
ユリがエンジュジムに来て、ゲンガー一匹でこちらのジムバトル用のポケモンを全て倒し、ファントムバッジをゲットしてから。
「強いね、君」
ユリ、という挑戦者の少女のゲンガーはニタニタと笑っている。
同じポケモンを扱うマツバの目でも、その笑みはどういう感情のものなのかいまいち捉え辛かった。
しかしトレーナーであるユリには分かっているのか、彼女はゲンガーの頭を撫で、何か喋った。
お疲れ様、と優しい声で語りかけ、ゲンガーをモンスターボールに戻す。
「カントー地方から来たんだっけ?」
「はい」
「そうか。道理で強いわけだ」
「有り難う御座います」
ユリは癖の無い笑みで頭を下げた。
特別に変わった特徴や印象は無い。強いて言うなら、無理に大人びた態度を取る事も無い、自然体だった。
ジムを出る。
バトルを行ったのは昼前なので陽はまだ高く、太陽は強い光を放っていた。
眩しさで思わず目を細める。と、傍らの少女がある方向を見ている事に気づいた。
塔。
伝説のポケモンが舞い降りると伝えられている建物だ。
「興味があるのかい?」
「少し。……でも、あそこに行けばいつでも会えるってわけじゃないんですよね」
「それは、まあ」
そもそも立ち入る事ができる者すら制限されている。
そして、容易には会えないからこその伝説だ。
ユリは残念そうに眉尻を下げた。
「会ってみたい気はしますけど……」
「……けど?」
「伝説のポケモン……今あそこにいないのなら、どこにいるのでしょうか?」
無垢な眼差しが見つめ返してきた。
マツバには一つの答えしか返せない。
「さあね」
不思議な子だと思った。
そんな質問をしてきた相手は初めてだったから。
「ロケット団とか悪い人間とかゴロゴロいるのに、飛び回っていて大丈夫でしょうか」
「それは大丈夫だと思うよ。何せ伝説のポケモンだし」
「そうですか」
ユリはニパリと笑った。
幼いな、と思った。
先程の問いも。
笑い方も。
マツバの周りにはいないタイプだ。
未熟で、大人っぽくなくて、幼稚で、子供だ。
マツバがユリに興味を持った理由は、ユリ自身ではなくユリのゲンガーが発端だった。
だから実際に話してみれば、こういう子なのか、と興味も冷めてしまった。
「……すみません。それじゃ私、この辺で」
「――ん? ああ、気を付けて」
「では」
ユリはぺこりと頭を下げ、くるりと身体の向きを変えて歩いて行った。
その直前。
見えたユリの顔には一つの表情が浮かんでいた。
眉尻を下げ、申し訳ないとでも言いたそうな笑み。
最初はその意味が良く分からなかった。
気づいたのは、それからしばらく経って後だった。
*
「今にして思えば、僕の考えている事を読んでいたんだろうね。すみません、って言っていたし」
「……それをユリに伝えるために、わざわざここへ?」
「いや。彼女は覚えていないだろうしね。ただ記憶には残っていたから、あの後、どうなったんだろうなと思って」
「どうなった、か」
ゴールドはユリを見た。
「まあ、あんな事になっていますけど」
「そうだね」
マツバは苦笑いを零した。
「最初はただの子供としか認識していなかったんだけど。何だか随分と、色々と頑張っているみたいだね」