「ユリって結構強いんですね」

 ゴールドはユリに対して用いる荒っぽいタメ口ではなく、敬語を使って喋る。
 イブキとユリのバトル。
 今のところは三対六。
 ユリのポケモンは一匹も戦闘不能状態になっていない。
 ゴールドから見て、レベル的にもユリのポケモンの方が高い。ひょっとしたらイブキの繰り出すポケモンより一回りは上をいっているかもしれない。

「あのエレキブルの二刀流も、――あの、さっきからカスミさんは何をそんなに笑っているんですか」

 カスミは先程から隣にいるタケシの背中をバシバシ叩きながら笑い転げていた。
 タケシは困った顔を見せているものの、周りからのフォローは特に無い。

「だ、だってさっきのあのスターミーの動き……!」
「ああ、あの、変なダンスみたいな動きをするやつですか」

 ユリのスターミーは実に独創的だ。
 うねうねくねくね動いたり、上下にジャンプしたり。
 水タイプのエキスパートで、同じくスターミーを扱うカスミの目にはそれが面白いものに映ったのだろう。
 今日この格闘道場にいるのは、ハヤト、マツバ、ミカン、タケシ、カスミ、グリーン。
 イブキとユリがバトルを始める前までは人数はもう少し少なかったのだが、ユリの格闘道場入場許可を申請するためにグリーンがカントーとジョウト地方の全ジムリーダーに通達した後、マツバとミカンがやってきたために人数が増えたのだ。
 ゴールドは人懐こい性格なので、マツバにも苦手意識を持たずに話しかける事ができる。
 しかし男と女の子のどちらに声をかけるかといったら、女の子だろう。
 好奇心も湧いたので、ミカンに理由を尋ねてみる事にした。

「さっきポケギアで、グリーンさんに返事を伝えていましたよね。入場オーケーって。それなのに、どうしてわざわざここに来たんですか?」

 グリーンはポケギアで全ジムリーダーから了承を取った。ポケギアで連絡は済んだはずだ。
 それなのにマツバとミカンの二人はここに来た。
 という事は、返事を伝える以外の理由があったという事だ。
 この状況で考え得る理由は、イブキとユリのバトルを見るためだろう。
 同じジムリーダーであるイブキのバトルを間近で見るためか。
 あるいは、ジムリーダーから見れば一介のトレーナーでしかないユリのバトルを見るためか。
 ゴールドは何となく後者のような気がした。

「ユリちゃんのバトルを見るためです」

 果たして答えは返ってきた。

「ゴールドさん。アカリちゃんの事、覚えていますか?」
「覚えていますよ」

 アサギの灯台で自ら明かりの役割を担ってくれているデンリュウ。
 懐かしい。

「俺とユリが秘伝の薬を取りに行って。アカリちゃん治ったんですよね」
「はい。ゴールドさん、あの時のユリちゃんの手持ちに、デンリュウがいたのを覚えていますか?」
「……そういえば」

 何度かバトルで相対した事もある。
 強くて根性がある性格だった。ユリにも良く懐いていた。

「ユリちゃん、薬を取りに行く前に、……確かゴールドさんは先に外に行っていたと思います。アカリちゃんとあたしの支えになれるようにと、デンリュウを置いて行ってくれたんです。とても利口な子で、あたしも随分と助かりました」
「へえー……」
「アカリちゃんも、今までずっと一匹で灯台にいたから、寂しかったのかもしれません。ユリちゃんのデンリュウと、凄く仲良くなりました」
「……まさか」
「はい。番になったんです」

 つがい。夫婦。
 まだ少年であるゴールドには想像もできない恋の領域。
 一生のパートナーと心に決め、誓い合ったのだ。

「あたし、ユリちゃんはきっと凄く泣いちゃうんだろうな、と思いました。ユリちゃんのデンリュウも、アカリちゃんの元にいたいけど、ユリちゃんとは離れる事になるから、凄く悲しくて寂しくて、やっぱり泣いちゃうんだろうなって」

 確かにそうだ。ユリは手持ちに対しての愛情がとても深い。
 そのために泣く事も、惜しまない。

「けど。ユリちゃんが戻ってきて、秘伝の薬でアカリちゃんが治って、あたしが事情を説明して。デンリュウがアカリちゃんを指差して、それから灯台の床を、こう、トントンって足で踏んで、ここにいるよって示したんです。そしたらユリちゃん、笑っていました」
「……泣かなかったんですか?」
「泣きながら喜んでいました」

 ポロポロと涙の粒を零しながら、表情は心底から笑っていた。



「一生、傍にいたい。どうしても、この人がいい。そう思える相手ができたんだね。おめでとう。ここでお別れだけど、私はデンリュウの事をずっと忘れないよ。だから心で繋がってる。忘れないで。私はずっと、デンリュウの心の中にいるからね」



 デンリュウも泣いていた。
 泣きながらひっしと抱き締め合っていた。
 ユリがアサギシティを去る際、デンリュウは明かりを発して、灯台からユリを見送った。
 昼間であり、晴れており、太陽の日差しが眩しい日だったが、きっとユリは気づいていただろう。
 俯いて泣いていたデンリュウは気づかないままだったが、隣で背中をさするミカンの視界に、灯台の方に振り向こうとして、しかし振り向かず、去っていくユリの背中が見えた。
 その時に、何となくユリの性根や気質を知った。

「愛情深い人なんですね。とても純粋な人です」
「そうですね。確かに喜怒哀楽が激しいですね。ロケット団とバトルした時も、あいつ尻尾を切られたヤドンを抱えて泣きながらポケモンに指示を出していましたから。当のヤドンはのほほんとしていたんですけど」
「ふふ、ユリちゃんらしいです」

 ミカンはイブキとユリのバトルに眼差しを戻した。
 一つ息を吐き、

「マツバさんも、あたしと同じように、グリーンさんから連絡を受けた後に来たんですよね?」

 不意打ちのようにマツバに話題を向けた。
 ゴールドも目線をマツバに向けた。
 二人分の目線を浴びて、マツバは無視するわけにもいかず、肩を竦めて頷いた。

「まあね」
「良ければ話してもらえませんか?」
「……構わないよ」

 壁に背をもたれさせながら、マツバは眼差しを中空に向けた。
 さて何から話そうか、と、過去の事を思い出していく。



 

 
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