正面から突っ込んでくるプテラの眼光に射抜かれ、思わず動きを止めてしまったユリとは逆に、スターミーの動きは機敏だった。
八角形の身体を高速回転させ、人に投げられた手裏剣のように空中を飛ぶ。
プテラの一撃を回避。
ただしプテラは飛行タイプを持つポケモンだ。空中なら有利なのはプテラの方。
果たしてプテラはすぐに体勢を立て直した。
身体の重心を左に傾け、左へ、円を描くように回る。
「いわなだれ!」
「! スピードスターで撃ち落として!」
スターミーがスピードスターを出す。
いわなだれの岩は次々と撃ち落とされていくが、
「雷のキバ!」
それを突っ切ってプテラ自身が突っ込んでくる。
予測済みだ。
「身代わり!」
スターミーの眼前に身代わりが出現する。
プテラの雷のキバはそれに食いついた。
その隙にスターミーは地面に着地。
身代わりは一撃で消えた。
身代わりは体力の四分の一を削り、その分の攻撃を受ける技だ。
それが一撃で消えたという事は、プテラの雷のキバには、少なくともスターミーの体力を四分の一以上は減らす威力がある。
やはり自負は駄目だ。油断に繋がる。
「スターミー、――!?」
冷凍ビームを指示しようとした。が、スターミーはユリが指示を出す前に、自ら自己再生を行った。
自己再生は、確かに体力が回復するという便利な技だが、代償に隙が大きい。
「吠える!」
プテラが吠えた。通常の叫び声とは異なる特殊な声だ。
スターミーがモンスターボールに戻り、代わりに別のモンスターボールからポケモンが引き摺りだされる。
ハピナスだ。
診療所で兄の手伝いをしている、お手伝いナースのハピナスとは異なる。
ユリがカントーの辺りを旅していた頃からの付き合いがある、バトルもこなすウルトラスーパーナースだ。
ユリは素早く思考を切り替えた。
スターミーはあとで説教だ。猛烈に怒る。マジで怒る。古参なので他のポケモンの言う事は聞いてくれないからゲンガーに手伝ってもらう。
今はハピナスに集中だ。
「身代わり!」
ハピナスが素早く身代わりを出す。
プテラは素早さが速い。だから最初の一撃をどう凌ぐかで戦況が変わる。
イブキはいわなだれを指示した。ハピナスは体力の最大値が非常に多い。距離を置き、なおかつタイプ一致の技を選んだのだ。
ハピナスもユリとの付き合いは長い。まず身代わりを使って、その隙に次の技のためのエネルギーを蓄える、というのが常套の手法だ。
相手のプテラは飛行タイプ。なら。
「冷凍ビーム!」
ハピナスの口から冷気の一閃が吐き出される。
いわなだれの直撃によって身代わりが消え、次の攻撃に移ろうとしたプテラに冷凍ビームがヒット。
だが、まだ油断できない。
「もう一回、身代わり!」
ハピナスが身代わりを作り出す。
先程のギャラドスは四倍だったから一撃で倒せた。
プテラに氷技は二倍。まだ動けるかもしれない。
プテラは動いた。
牙を剥き、雄叫びを上げて、突っ込んでくる。
ユリはプテラの軌道を予測した。
雷のキバで身代わりを破り、そのまま突っ込んでくる戦法だ。
「構えて!」
ぐっ、と足腰を踏ん張ってハピナスが両手を前に出す。いつでも技を出せる体勢だ。
眼前にプテラが来る。
雷のキバで身代わりが食い破られ、そのまま勢いを落とさず突っ込んでくる。
離れた位置にいるユリでさえ、その威圧感がびりびりと押し寄せてくるのだから、実際に立ち向かっているハピナスにかかるプレッシャーは、きっと尋常ではない。
それでもハピナスは疑わず、こちらの指示を信じてくれる。
何か、洪水のような気持ちが溢れ出た。
――ポケモンって、どうしてこう……!
人間より純粋すぎる。
不意に、今まで思い当たりもしなかった真実に気づいてしまった。
フスベへの複雑な思いを抱えていた自分が、しかし微妙な方向にひねくれて犯罪者に堕ちる事無く、一介のトレーナーとして、薬剤を扱える身分にまで成長できた理由。
傍に、ポケモンがいてくれたからだ。
ポケモンは人間より純粋で、特にトレーナーと共に在るポケモンはトレーナーの心の機微に敏感だ。
今も共に在るポケモンも、理由があって別れたポケモンも、恐らくは複雑な気分を抱えるユリの心を察して、本当に純粋な親愛を向けてくれた。まるでユリの欲するものが分かったように。
スターミーも、ああいう態度だが、きっと根っこは同じだ。
「ハピナス! ――守る!」
ハピナスに牙を突き立てようとしたプテラの身体が、突然に出現した壁によって弾かれ、吹き飛ばされた。
ハピナスが息を吸い込む。
「冷凍ビーム!」
体勢を崩したプテラに二度目の冷凍ビームが直撃する。
プテラが格闘道場の床の上に墜落した。
「プテラ、戦闘不能!」
グリーンの声が響く。
イブキはプテラをモンスターボールに戻した。
「流石に強いわね」
「吠えるを使われるとは思いませんでした」
いくらバトルの回数を積み重ねても、やはり予想外は付き物だ。
四対六。
それでも余裕は出ない。こちらの手持ちも半分が割られてしまった。恐らくはバトルのパターンも読まれたはずだ。
が、諦めない。
否。
諦めようという気持ちがまるで湧いてこない。
――久々、だな。
バトルも。
この高揚感も。
強い自分を作るのではなく、昔の自分が戻っていく感覚。
旅をしていた、あの頃。
あの頃は諦めたライジングバッジ取得を、今になって目指している。
「ハクリュー」
出た。ドラゴンポケモン。
ユリはハピナスをモンスターボールに戻した。
「有り難う」
モンスターボールの表面をそっと撫でて、ベルトに戻す。
そして、別のモンスターボールを手に取った。
「行って。スターミー」
先程にプテラの吠えるで強制交代をさせられたスターミーを出す。
スターミーは、今度は全体的に、うねうねくねくねと動いていた。
その奇妙な動きに壁際のジムリーダー達からの訝しげな視線を感じるが、
「さ、行くよスターミー!!」
それを振り千切るようにユリは腹の底から叫んだ。
スターミーが変な動きをするのは、昔からの癖、ウォーミングアップのようなものだ。多少なりとも奇異な視線を向けられるのは慣れている。
ユリは頭の中をフル回転させ、相手のハクリューについての持ち得る情報を全て引き出しながら、戦略を考え始めた。