「――さあ。話し合いは済んだわ」
イブキがすっと右手を上に持ち上げる。その掌にはモンスターボール。
ユリもモンスターボールを構えた。
イブキの言葉通りだ。
フスベの一員と、大罪人の子孫としての話し合いは済んだ。
先程、イブキは「当たりよ」とだけ言った。この一言が答えだ。
ワタルとナズナの婚約について、そもそも疑問を持っているという事。
つまり、この二人の婚約者が替わってもいいんじゃないかと思っているという事だ。
更には大罪人の子孫であるはずのユリと、こうして正面から向かい合っている。
認めてくれた、という事だ。
フスベの代表格が、大罪人の子孫を。
ここから先は、次のステップ。
ジムリーダーと、一トレーナーとしてのポケモンバトルだ。
「分かっているとは思うけど言っておくわ。これから私が出すポケモンは、ジム用じゃなく、この格闘道場でのバトルの際のパーティーよ」
「了解です」
予想の範疇だ。
こちらが他地方のポケモンリーグをクリアしたという情報は恐らく知られている。
なら、カントーとジョウトを旅して巡ってきた、いわば初めてドラゴンタイプのジムに挑戦するトレーナーに対してのパーティーを組むわけがない。
規定を遵守してジム用のポケモンを出してくると思ったが、周りのジムリーダー達も何も発言しない辺り、黙認されたのか、あるいはその方が適切だと思ったのか。
「私に勝利できたら、ライジングバッジを進呈するわ」
「はい」
イブキが一歩下がる。
対話を続けるイブキとユリの両方を忙しなく交互に見ていたゴールドが、タケシとハヤトに両肩を掴まれて壁際に下がる。
そこで不意にユリはゴールドや他のジムリーダーの存在を思い出した。
あとでゴールドには礼を言っておかないと。他のジムリーダー達にも、礼と、挨拶をしておこう。
フスベには立ち入れぬ身である自分が、フスベジムのジムリーダーと対戦できるという意味。
審判役として、グリーンが一歩、前に進み出る。
「使用ポケモンは六対六。交代自由。先行は、ジムリーダー側」
イブキがモンスターボールを宙に投げる。
「――ギャラドス!」
ドラゴンタイプではないが、それに勝るとも劣らない鋭い眼光と、威圧するオーラが放たれる。
ギャラドスの特性、威嚇。
人間にも通用するかもしれない、とユリは一瞬だけそんな事を考えた。
他地方を渡り歩いてきたという自負が脆くも崩れ去る。目の前のギャラドスにはそれくらいの貫録と威圧があった。
だが、それでいい。
自負は時に油断に繋がるから。
「頼んだよ。――エレキブル!」
モンスターボールを真上に放り投げる。
光が弾け、ギャラドスと対峙する位置にエレキブルが出る。
ギャラドスの特性、威嚇でエレキブルの攻撃力が下がる。
エレキブルは、特殊攻撃力よりも、物理的な攻撃力の方が上だ。
その得手である攻撃力が下がる。
だが、相手のギャラドスは水と飛行で電気タイプは四倍。
しかし、電気タイプ対策はしてあるだろう。
なら、先手必勝。まず動きを止める。
「10万ボルト!」
エレキブルが雷光を放つ。想像以上に強い光だった。何も言ってこなかったが、旅を終えてからバトルをしていなかった分、溜まっていたのかもしれない。
舌打ちをしたい気分に駆られたが飲み込んだ。
ギャラドスの巨体がぐらりと傾く。
「構えて!」
エレキブルが片手の拳に雷の光を集める。雷パンチの準備運動だ。
ギャラドスの目線から光は失われていない。
しかし、その傾きは四十五度を越え――やがて、倒れた。
「ギャラドス、戦闘不能!」
グリーンの声が響く。
イブキはギャラドスを戻した。
「そのエレキブル、野生のエレブーが進化したのかしら?」
「ええ。シンオウ地方で出会ったトレーナーに教えてもらって。余った分のエレキブースターを貰って、交換して。もう一度交換して、戻したんです」
目つきの悪さが特徴的な少年だった。それより際立っていたのはポケモンバトルの腕だ。何回も負けて、負け続け、バッジを集め終えてポケモンリーグに挑戦する直前にようやく一勝をもぎ取った。
元気だろうか。
「行きなさい。プテラ!」
またドラゴンタイプではないポケモンだ。おかしい。フスベジムはドラゴンタイプのジムのはずだが。
ユリはモンスターボールを突き出した。
「戻って」
エレキブルの姿が閃光に飲み込まれる。
ユリは別のモンスターボールを構えた。
「スターミー」
くるくると旋回した状態でスターミーが飛び出る。
ハッスルしている証拠だ。
「あまり体力を使わないで。構えて。……聞いてる? おーい!!」
気にせずスターミーは回り続ける。
ユリは奥歯を噛み締めた。
スターミーはゲンガーと同じように、カントー地方の辺りを旅していた頃の、古参ともいえるポケモンだ。
当然、バトルに出た回数も多い。勝利も敗北も、酸いも甘いも噛み分けた。
それが自負となって、余裕のような態度を取る事が多い。
性格、というやつだ。
正直、扱いにくいしやりにくい。強いのは確かだが、何だか最近では舐められているような気がするのも事実だ。
しかしトレーナーなら、この性格を理解した上で、バトルでは的確な指示を出さなければならない。
「行くよ!!」
叫ぶというより吠えると、スターミーの動きが止まった。
大人しくなった、と、ほっとする。
しかしスターミーは再び動き始めた。
その場の地点からは動かずに、上下にリズミカルにジャンプし始める。
「こら――!」
「プテラ! 雷のキバ!」
早速イブキがプテラに指示を与える。
牙を剥き、そこに雷光を蓄えたプテラが突っ込んでくる。