『――もしもーし。……なあユリ。俺さ、イブキに、一応訊こうとは思ったんだけどさ。イブキのオーラが見るからにピリピリしていて爆発寸前みたいな感じでスゲェ怖いんだけど。――え? ――えーと、今この場にいるジムリーダー全員に頼めばいいんだな? 分かった。訊いてみるー』

 ゴールドに頼んではみた。
 その結果次第で行動が変わる。
 許可が出たら、行く。
 出なかったら、また別の方法を考える。

 ――良く考えたら、ゴールドを巻き込んでしまったような気が……。

 いつも仕事で籠もる薬草室の貯蔵具合をチェックしながら考えた時にふと気づいた。
 良く考えたら、先程の案件も、自分で行って自分で頼めば良かったんじゃないのか。
 けどもう頼んじゃったし。
 いいや。
 次からはちゃんとやろう。

 傷薬はまだたくさんある、風邪薬に、湿布に、喉の薬に、木の実の汁を染み込ませた特殊な包帯。
 日頃から真面目にやっておいて良かった。貯蔵している分量はたくさんある。
 特別に調合が難しいけど取って置きのがいい、って言う人なんかには事前に予約を取っているんだけど、ここ最近はそれも無いし。
 ふむ。
 ……あ、ゴールドから通信。

『オッケーだってさ!』

 許可が出た。
 あとは私が準備して、覚悟をするだけ。
 一時間後って伝えてと言って、通話を切った。
 ルカリオとサーナイトとキレイハナに、あとの事を頼んで。
 万が一の時にはポケギアを使って連絡して、と付け加えた。
 サーナイトがじっと見つめてくる。
 綺麗な眼だ。
 だから、言葉は伝わらなくても、何となく読めてしまう。

 どこか行くの?
 御夕飯までにはちゃんと帰ってくるんでしょうね?
 トレーナーなんだから、手持ちのポケモンの面倒は最期まできっちり見るなんて当たり前なんだからね。

「……うん。御夕飯までには帰ってくるよ。けど御免、御夕飯を作る時間までには帰ってこられるか、ちょっと分からない。だから今日は、御夕飯の準備、お願いします」

 ふん、とサーナイトが鼻を鳴らした。
 キレイハナがくるくると回転してダンスを披露する。が、

「キレイハナ、コンロを使う時は気を付けてね」

 そこが一番心配だ。
 まあ背丈から考えて、コンロ台の前に立つのはサーナイトかルカリオだと思うけど。
 そのキレイハナが、テーブルの上に置いてある物を見て小首を傾げた。
 これなぁに? と指差す先にあるのは。

「ん? これ? 私が旅をしていた頃に使ってたベルト」

 革製で、女物というより、どちらかというと男物のアイテムだ。
 その代わり丈夫で、所々が色褪せ、穴の部分もいくつか広がってしまっているが、まだ現役で使える。
 ユリは七分丈のデニムジーパンに、ベルトを通した。
 腰元に淡く食い込む感触。

「――験を担ごうと思って。自分で言うのも何だけど、やっぱり旅をしていた頃が全盛期だったからさ。勘とか、色々ね」

 テーブルの上には、既に六つのモンスターボールが並んでいる。
 先程に声をかけて、モンスターボールに入ってもらった、六匹の手持ちポケモン達だ。
 モンスターボールを縮小状態にして、ベルトに取り付ける。

「今日はゲンガー達がいないから、警備は厳重にね。ルカリオ。ラッキーやハピナス達とも良く話しておいて」
『分かった』

 ルカリオが真面目な顔で頷く。
 波導を扱えるようになったのは本当に有り難い。
 ……どうしてなのかは未だに良く分からないが、世の中にはナツメやマツバのように特別な力を持った人もいる。
 考えても分からない。
 だから、もうあまり深く考えない事にした。

「……どうしよう……これでもう準備万端だよ……」

 低い声で呻くユリに、三匹は小首を傾げる。
 どこか行くために準備したんじゃないの、と。
 ユリは掌を胸元を抑えた。
 その準備さえ、胃が引き絞られて心が痛めつけられる。
 これから気合を入れなければならないのに。

 ――もう本当に後戻りはできないよ……。

 どうして、やめようと思えないのか。
 どうして逃げ出せないのか。
 どうして中途半端に断ち切ろうと思えないのか。
 どうして。
 あの人に会いたい。
 引き下がれない。
 どうして。
 何故。
 自分で自分を制御できない。

 ノイズだ。

 今まで脈々と継いできた血に、思想に、ノイズが混ざり始めた。
 何たる事だ。

「……けど、やってみるしかない、か」

 ベルトには六つのモンスターボール。
 件の場所で、恐らくはゴールドから事情を説明されたであろう、あの人が待っている。
 この方法が良いのかは分からない。
 正しいかどうかも分からない。
 とても怖い事だ。
 正しくないかもしれない事を、不正解かもしれない事を、敢えて行う。
 だが、とにかくやってみるしかない。
 やらなければ何も分からないし。
 好転する事を祈るだけだ。

 ユリは外に出た。
 モンスターボールを一つ取り出す。

「トゲキッス。空を飛ぶ。お願いね」

 ユリの言葉に、トゲキッスは満面の笑みで翼を広げる。
 ユリは足がトゲキッスの翼などに当たらないよう、手探りで骨や間接の位置を素早く確かめながら、するりと背中の上に乗った。
 トゲキッスが翼を羽ばたかせる。
 力強い風が巻き起こり、トゲキッスの足元がふわりと浮かび上がる。
 腰元からぞっと寒気が走るような浮遊感。
 人であるトレーナーは鳥ポケモンにしっかりと柔らかく捕まる事で、信頼をアピールし返す。
 遥か下の辺りで、見送りに手を振るルカリオ達の姿が、あっという間に遠ざかって行った。


 

 
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