そっか。
長々と昔話を語っていた人、キュウコンがパートナーだからキュウさんっていうのか。
ああ成程。
じゃなくて。

「ユリちゃん、何でこんな所に? キュウと知り合いだったのかい?」
「え? あ、えーと……」
「彼女達は僕の御客様なんだ。ね、ユリちゃん、セリ君」
「あ、はい」

ここはキュウさんに流されて頷いておく。
今更だけど現在地が分かった。ここはキュウさんの家かどこかか。
まさかフスベシティの内部じゃなかろうな。そしたらもう本末転倒なんだけど。

「どうしたんだいワタル君?」
「ああ、この書物なんだけど、文字が読めなくて」
「んー? あれ、まだこの文字はまだ教えていなかったっけ」

キュウさんがワタルさんから受け取った書物をパラパラと捲る。
見るからに古そうな本なんだけど、そんな雑に扱ってもいいんだろうか。
ここからだと表表紙と背表紙が見える。
字は……読めない。何だあのアーボがのたくったような字。

「何か読めるような気はするんだけど、やっぱり分からないんだ。君から貰った本の中にもこの文字の翻訳書や辞書は無かったし」
「んー……あ、ほんとだ。この文字はまだ教えてなかったやつだ。一応、僕なりに現代語と比較して纏めたやつはあるよ。けど」
「? 何だ?」

現代語と比較して纏めたやつ、って言い方をするという事は、キュウさんは考古学者か何かなのだろうか。
シンオウのシロナさんは古代の時代のポケモンについて色々と調べていたけど、キュウさんは文字について研究しているんだろうか。

「しかし、ワタル君も良くやるよねえ。昔からずっと積み重ねてきたフスベの歴史の全てを勉強するなんてさ。現代語とは違う古い時代の文字で記録されているから、翻訳しながら読むだけでも大変だろうに」

立ち上がって壁際の本棚を探りながらキュウさんが言う。
壁三面を埋め尽くす大きさの本棚に収められた本の背表紙を一つ一つチェックして……って大変な作業なのに、涼しげな顔のままだ。
一方のワタルさんも似たような感じで、

「慣れるとそうでもないさ。長老としては必要な教養って周りにずっと言われ続けてきたから、勉強しなきゃなって気持ちにもなるし。それに、暇潰しにはなるしね」
「やっぱり退屈かい? ずっとチャンピオンの席にとどまり続けるっていうのは」
「……いや、そうでもないよ」

ワタルさんの顔には、取り繕ったものじゃない笑みが浮かんでいた。
楽しそう、というより。
愉しそう、って感じだ。

「今はポケギアがあるからね。イブキやナズナからメールが来る事もあるし。ロケット団は未だに下っ端が動いているようだし」
「あ、本当に? 懲りない奴らだねえ〜」

全くだ。
レッドがボコボコにしたのに。

「最近は、退屈だなって思った時に限ってロケット団の知らせが入るんだ。そうなるとチャンピオンとしては出なきゃいけないだろう。だから、退屈だとは感じなくなった」

あ、チャンピオンって仕事あるのか。
へえー……。

「それに前とは違って、少なくとも今は俺より確実に強いトレーナーが二人もいる。だから、また会う時が楽しみでね。……マサラタウン出身のユリちゃんなら、知っているかな?」
「えーと……レッドとグリーン、ですか?」

そういや、ゴールドとは知り合いだけど、あの二人とも知り合いってワタルさんには言ったっけ。
まあいいや。

「んー? チャンピオンなのに、自分より強い人がいる事が楽しみなのかい?」
「キュウには分からないかい?」
「どうにも。――ユリちゃんはどう?」
「またバトルしたいって思える人がいる気持ちは、分かりますけど」
「僕は分からないな。バトルはあまり好きじゃないし」

キュウさんはさして興味も無さそうに呟く。
それが本当にとってもつまらなさそうな声だったから、だったら何で会話に入ったんだろうとちょっぴり思ってしまった。

「えーと……ああ、あった。これだね」

キュウさんが戻ってきて、畳の上に広げる。
キュウさんが持ってきたのは市販の書物じゃなく、分厚い紙を折って本のように綴じた物だった。
背の部分に二つの穴が空けられていて紐が通されている。自作なのかもしれない。
紙の上には文字が描かれていた。
左側に昔の文字、右側に現代の文字。
辞書みたいなものか。

「じゃ、今度はこれを見ながら頑張って」
「ああ。有り難う」

あれ読むのかワタルさん。大変そうだなあ。
と思っていると、横の兄さんが立ち上がった。

「兄さん?」
「……診療所に戻ろう。いつまでも空けておくわけにはいかない」

確かにそうだ。
私はともかく、兄さんがいないのは少しまずい。
軽い治療ならラッキーやハピナスもできるけど、もしかしたら患者さんを待たせているのかもしれないし。

「キュウさん、私達、帰りますね」
「ああ、気を付けてね」

そっちが無理矢理に連れてきたくせに……。
ポケギアを起動させる。マップ機能を表示。
ここは……フスベシティの近く、か。
サーナイトにテレポートを頼めば、何とかなるかな。
マップを閉じて、アドレス帳から診療所の家の電話番号を呼び出す。
一。二。三コール。

『はい、もしもし』
「あ、ルカリオ?」

良かった、ルカリオが出てくれた。
何かルカリオの他に、わあわあきゃあきゃあ、他のポケモン達の鳴き声も聞こえるんだけど……。

『ユリか』
「良かった。電話越しでも通じるんだ」
『お前には波導があるからな』
「何でだろうね」

まあ便利だからいいけど。

「サーナイトにテレポートを頼んで。私と兄さんをそっちに移させて」

サーナイトはレベルが高いし、テレポートも何度もこなしているから、多分できるはずだ。
ルカリオの声が受話器から離れる。サーナイトの声がする。

『今いる地点から一歩も動かないで、だそうだ』
「分かった。お願い」

兄さんに動くなと手でジェスチャーを送る。
私はキュウさんとワタルさんに向き直った。

「では私達はこれで。それと、キュウさん」
「何だい?」

この場にはワタルさんがいるけど、これくらい濁せば大丈夫かな。

「アドバイス、有り難う御座いました。――あとは自分で考えますので」

そっちばっかり主導権を握っていると思うなよ、と。
オブラートに包んで伝えると、意味が通じたのか、キュウさんは笑みで一つ頷いてみせた。


 

 
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