次期長老の男は足繁く薬屋に通いました。
長老を継ぐための勉学や修業はきちんとこなしているのですから、誰も文句は言えません。
何より、男から話を聞いたのか、男の許嫁である少女も薬屋に行くようになりました。
一体三人で何を話しているのだろうか、と人々は訝しみました。
女は、そういった気配を敏感に感じ取っていました。



「質問が」
「何だい?」
「御先祖様、どうしてフスベに戻ったりなんかしたんですか?」
「それはあとで話すよ。今は取り敢えず、昔話として語り継がれている内容だけ話すよ」



ある日、少女のミニリュウが酷い熱に侵されました。
女はミニリュウの容態を調べると、すぐに薬を作り、ミニリュウに飲ませると、夜通しミニリュウを看病しました。
次の日、ミニリュウはたちまち元気になりました。
少女は喜び、この事を人々に伝えました。
すると、閑古鳥が鳴いていた診療所に、ぽつりぽつりとお客さんが来るようになりました。
お客さんは来る度に尋ねました。
次期長老の御方とはどういう関係なの? と。
女は笑って答えました。
私にとっては遠い御方ですよ、と。
その答えを得ても、人々は決して納得しませんでした。
女は取り繕った笑みで適当な答えを言っている。あまりに笑みを崩さないものですから、逆にそう感じてしまったのです。
次期長老には既に婚約者がいるのです。
歳は離れていますが、歴史の古いフスベでも古い血を引き、優れたバトルのセンスの片鱗を見せつつある、才能の豊かな少女がいます。
里で最も相応しい婚約者がいる身なのに、他の女の元に通い、楽しそうに喋る次期長老の男も、人々は気に食わないと思いました。
ですが、男はあまりの強さで人々から恐れられており、次期長老として一定の信頼は集めているとはいえ、進んで諫言しようと試みる人は誰もいませんでした。



「暴君だったんですか?」
「そういうわけじゃないよ。子供には優しいし、人々の期待にも応える、立派な人だったらしい。ただ記録によると、あまり笑わない人だったらしい」
「ただクールなだけだったんじゃないですか?」
「まあ、そうかもね」



ところで、この頃、不思議な出来事が起きていました。
ある一箇所の洞窟に住むミニリュウやハクリューの具合が悪くなったのです。
朝御飯を食べて少女や子供達が遊びに行くと、ミニリュウやハクリューはまるで夜の時のように深い眠りに落ち、子供達が起こすと、ようやく目を開けます。
その目には疲労が見て取れました。
少女は一大事と思い、次期長老の男に相談しました。
そして、次に女にも相談を持ちかけようとしました。
すると、男がそれを制しました。
そこまで事を広げる必要は無い。すぐに解決する、と。
次の日、確かに事は解決しました。
ミニリュウやハクリュー達は夜にぐっすりと眠れるようになったのか、昼に遊びに来た子供達とまた元気一杯に戯れるようになりました。
事態は解決しましたが、ミニリュウやハクリューにこのような不可思議な出来事が起きるなんて、長い歴史の中、それまで一度もありませんでした。
人々はフスベの中で、ただ一人、異質な存在である女に嫌疑の眼差しを向けました。



「真実は?」
「あ、それはあとでね」
「また?」
「まあ気長に待って」



人々はドラゴンポケモンをとても大切に扱います。
そのドラゴンポケモンであるミニリュウやハクリューに災いをもたらした疑いのある女を、人々は疎ましく思うようになりました。
女がフスベにいる間、フスベは様々な事が変わりました。
不動の孤高の立場で頼もしく在り続けた次期長老の男が、ただ一人の若者のようになりました。
フスベに相応しく在ろうと凛とした雰囲気を保ち続けた婚約者の少女が、ただ一人の子供のようになりました。
そして。
女が現れた頃から、彼女を養護していた旧家の夫婦の間に諍いが絶えなくなり、やがて妻は精神を病むようになってしまいました。
若い頃から仲が良く、二人で寄り添い合うように慎ましく暮らしていた二人の夫婦の異変に、人々は大騒ぎになりました。
女が来てから様々な事が変わりました。
これは凶兆ではないかと人々は考えました。
きっと女は不幸をもたらしたのです。
いずれは旧家の夫婦のように、次期長老と少女の間にも何かしらの亀裂が入ってしまうかもしれない。
いつかまた、洞窟のミニリュウ達のように、どこかしらを病んでしまうポケモンや子供が出てくるかもしれない。
人々は長老にこの事を訴えました。
考え過ぎなのかもしれない。
気に病んでいるだけなのかもしれない。
それでも、もし本当に、女が災いをもたらす存在だとしたら――。
長老は人々の意向に応えました。
すぐに結論を出しました。
女を追放する事に決めたのです。
翌日。
長老は女を呼び出し、以下の事を言いました。
曰く、お前はこの里にいるべきではない。
曰く、この里の出入りは今後一切禁じる。
曰く、永久追放を命ず。
曰く、今から荷を纏め、早々に立ち去る事。
女は何の反論も答えず、ただ静かに頷きました。
そして手早く荷物を纏めて、フスベから立ち去りました。
以降、女は二度とフスベに戻る事は無かったと伝えられています。


 

 
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