静かにゆっくりと語っていた男の唇が閉じる。
そのまま数秒ほど待ったけど、男は笑みで黙ったままだ。
思わず首を傾げた。

「……それで、終わり?」
「表向きではね」

男が、どこに置いていたのか缶の冷茶を差し出してくる。
長話になるから飲め、って事かな。
十数秒ほど無視したけど、男は表情を変えずに腕を差し伸べてくるまま。
状況を停止させても仕方ないと、大人しく缶を受け取った。
プルタブに指先をかける。缶なんて何年振りだろう。
診療所にいる時はずっとペットボトルだったし。

「……ん」

爪先を引っかけるのは、爪が剥がれそうで怖い。
だから親指を強引に入れ込もうとすると、その直前にそっと缶を取られた。
ぷしゅっ、と清涼感のある音が響く。

「あ、どう――」

も、と言いかけて、思わずあんぐりと口を開けた。
部屋の出入口である障子を背に畳の上に座り込んでいる男に目線を向けると、男は笑っていた――いや、良く見ると眉尻が下がっている。
背後のキュウコンも首をもたげ、ぱしぱしと瞬きを繰り返していた。
私も驚きを抑えきれない。
本当に驚いた。

「……兄さん、どうしてここに」
「小休憩で外に出ていたハピナスが診療室に飛び込んできてね。あの子のジェスチャーと、お前が僕に何の連絡も寄越さずいなくなったから、……恐らくはフスベに関連している事だろうと。そうしたら見事に当たっていた」

兄さんが缶を差し出してくる。私はそれを受け取った。
缶を口元で傾け、一口飲む。
おいしい。
喉が潤った。
単なる飲み物としてはいいけど、食事用のお茶としては少し苦すぎるかもしれない。
今はその苦みが意識を冷ましてくれた。

「兄さん、そいつ、私が先祖の罪を犯そうとしているって言うの」
「ああ、例のあの昔話か」
「え?」

何で兄さんはこんなに冷静なんだろう。
何で知っていると言いたげな口振りなんだろう。

「大昔、一人の女がフスベの里に様々な災厄をもたらした。その最たる災厄とは、婚約者までいたフスベの次期長老の男をたぶらかした罪。……表向きの物語ではそうなっている」
「災厄?」

さっきの男はそこまで語っていなかった。
フスベの次期長老の男と、身元が分からない女が惹かれ合ってしまい、……それを周囲は良しとしなかったと。
そこまでしか言っていない。

「さっき語ったのは子供向けのマイルドな内容でね。長老や旧家に代々伝えられる本物の内容は結構シビアなんだ」
「そっちが連れてきたのにどうしてもったいぶるんですか」
「いや、今から話そうと思ったんだけどさ」

ねえ、と男が兄さんを見る。
兄さんは男の方には一瞥もくれず、部屋の隅に積み上げられた座布団を一枚持ってきて、私の横に座り込んだ。
そして、私の方に振り向いてきた。
眼鏡の奥の眼が不思議な光を放つ。

「……何か釈然としない」
「ん?」
「兄さんなら、こんな奴の話を聞く必要は無い、すぐに帰ろう、って言い出すと思ったのに」
「ああ……別にそう言ってもいいんだけどさ。けど診療所の場所は割り出された。今後こいつらと関わるのは面倒だろう。だったら、お前がここで結論を出した方が手っ取り早いと思ってね」
「そっか」

兄さんの言う通りだ。
ここで話を聞いて、もうスッパリと結論を出した方が、確かに効率は良い。
話の先を促すつもりで男に目線を送ると、男は微笑して一つ頷いた。

「じゃ、続きを話そうか。今度はちょっとシビアなバージョンの方ね」

 

誰が親戚かも分からない女は、フスベで疎まれながら育ちました。
フスベでは誰もがドラゴンポケモンをパートナーに持ちますが、必然と言うべきなのか、幼いドラゴンポケモンは幼少期の女をパートナーとして認めはしませんでした。
ポケモンを持てなければ町の外へ旅に出たりする事はできません。
大人の誰もが憐れみましたが、いつの間にか彼女はドラゴンポケモン以外のポケモンを数匹、手持ちに加えていました。
そして、そのポケモン達を友とし、旅に出たのです。
彼女は長い旅を経て、成長し、フスベに帰ってきました。
フスベの人達は驚きました。
てっきり彼女はフスベから出て、フスベの外で住むものとばかり思っていたからです。



「あの。今更だけど、私達の御先祖って、その昔話の中の誰?」
「あ、御免、言い忘れてた。女の人だよ」
「……やっぱり。何かこう、物凄く嫌われている感が節々からバシバシと」
「そりゃあ事実、嫌われていたからね。いや、疎まれていたって方が正しいかな。フスベの誰もが、出て行けばいいのに、って、そういう目で彼女の事を見ていた」
「言ってくれた方が楽なのに」
「自分の口から醜く汚い悪口なんて言いたくなかったんだろうね。彼女は道を外れる事無くちゃんと真っ当に生きていたし、その当時はフスベから追い立てられるこれといった理由も無かった。それが裏目に出たんだろうね」
「……それで?」
「彼女は旅の途中で医学や薬学を学んだらしくてね。フスベに帰った後、薬屋を開業した。最初は彼女の素性が原因で閑古鳥が鳴いていた。けど」
「けど?」



彼女の薬屋には、いつも必ず一人、客がいました。
その客に用があって探していたフスベの人は、どうもその人が薬屋にいるらしいという事を知って、とても驚きました。
こっそりと窓の外から様子を伺い、そっと中に入ってみて、更に驚きました。
何故なら。
その薬屋に来訪していた客――フスベの人が探していた相手――次期長老の男が、いつもの凛々しく毅然とした態度が嘘のように、楽しそうに笑っていたからです。


 

 
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