先祖の犯した罪。
その罰として、フスベから永久追放を食らい、子孫である私達は忠実にそれを守っている。
何故か。
それを破った時の制裁が怖いからだ。
私の知る限り――私が両親から聞いた話の限りでは、今までその罰に背き、フスベに立ち入った一族の者はいない。
フスベに立ち寄るほどの用も無い、というのもあるけど、やっぱり一番は制裁が怖いからだ。
自分が罪人の末裔だと知られれば、どんな眼差しを向けられるか。
時代を経てはいるものの、フスベは己の歴史を誇りとして抱く。ひょっとしたら今でも自分達の先祖の事が伝えられているかもしれない。
制裁が怖いから立ち寄れない。立ち寄れないから、今の時代、自分達の扱いがどのようになっているのかを調べる事ができない。
そんな曖昧でもやもやとした疑問を、ずっと抱き続けてきた。

「私……が……先祖の罪を、おか、す?」

先祖の犯した罪。
実は、私は子孫として罰を受けながら、先祖の犯した罪の事は知らない。
両親と一緒にいた頃も、その事を喋るのはタブーのような雰囲気があったのだ。
だから話題にも出さなかった。
だから肝心の内容は知らない。
知らなくてもいい、とも思っていたから。

「そう。君は先祖の罪を、もう一度繰り返そうとしている。僕はその事を伝えに来た。君が罪を犯そうとしているという事と、その罪の内容をね」
「私が……?」

先祖は罪を犯した結果、永久追放という罰を食らった。
私は今、それと同等の……いや、同じ罪を犯そうとしている、らしい。
罪って何?
フスベから永久追放を食らう罪。
フスベから追放って事は、フスベに住む人に、何かをしてしまったという事、か?
私が今まで出会ってきた人の中で、フスベに関係する人といえば……ナズナちゃんと……ワタルさん?

「僕が話す事を聞いて、それからどうするかは君の自由だ。しかし、君の存在を知ったフスベの旧家の人達は、君が同じ罪を犯さないようにと願っているよ」

罪を犯すな。
ナズナちゃんとワタルさん。
……いや……ちょっと待って、――旧家の人、って、その言い方が気になる。

『フスベの者はドラゴンタイプのポケモンと共に在る。この子はフスベの中でも取り分け古く歴史のある家柄に産まれてね。子供が産まれたら一種の儀式を行うんだ』
『儀式?』
『儀式って言うと大仰だけど、進化前のドラゴンタイプのポケモンと赤子を一緒に寝かせるんだ。そこでポケモンが懐く素振りを見せたら、その子はドラゴン使いとしての素質有りって判断を下される。まあ一種の恒例行事のようなものでね』
『へえー……』

旧家の人って……。まさか。
それに、この目の前の男、フスベの人が、急に接触を計ってきた理由。私の存在が知られた理由。
そのきっかけ。まさか。まさか。

「……ナズナちゃんの御両親ですか」
「ん? ――ああ、そっちの話か。君は頭が良いね」

男は頷いた。否定はしなかった。
それが答えだった。

「そうだよ。ナズナちゃんはフスベでも上位の旧家の家系でね、それ故に同年代の友達はいない。話相手といえばイブキちゃんとワタル君と僕と御両親だけ。イブキちゃんとワタル君は忙しい。だから御両親と僕にはその日にあった出来事を何でも喋った。ユリちゃんという友達ができた事。一目でワタル君とは分からなかった事。自分とワタル君には何故か頑なに素っ気ない態度を取ってくる事。診療所の庭で無くした髪飾りを探し出してくれた事。夕食を御馳走になった事」

ナズナちゃん。
あの子のミニリュウが迷い込んだ事で、私の日常に波紋ができた。
ナズナちゃんと知り合って、ワタルさんと出会って。

「御両親は、もしやと思い当たり、僕に相談を持ちかけてきた。最初は僕もまさかとは思ったけどね。念のために調べたんだ。そしたら分かった。君と、君の御両親、祖父母、曾祖父母の代まで、トレーナーカードの記録を辿ってみると、君達一族の人は必ず一度は旅に出ても、何故か頑なと言っていいほどフスベには一度も立ち寄っていない。フスベのジムバッジは取得せず、それ故にどれだけポケモンバトルで優秀な成績を修めても、セキエイリーグには出場していない」

一度は旅に出る、というのは私の一族の慣習のようなものだ。曾祖父母も祖父母も両親もそうしてきた。
特に大した理由は無い。
ある一定の年齢に達すると、ポケモンと一緒なら、トレーナーとして旅に出る事ができる。それはこの世界に染みついた常識と風習だ。それに合わせただけ。
それだけを見るなら、私も私の一族も、その辺の子供や家族と何ら変わらない。
男の言う通り、フスベには頑なに立ち寄らないという、そのたった一点を除けば。
そして、その一点を忠実に守ったために、逆に調べられやすい結果になってしまっていたらしい。

「君の一族の実存は、今のところ、僕とナズナちゃんの御両親と長老しか知らない。君の一族はきちんと罰を受けたし、どうも君は先祖の罪を知らないようだ。ナズナちゃんの御両親も、ナズナと仲良くしてくれたのだからと、猶予を与えた」
「それで貴方が、御丁寧に説明しに来てくれたんですか?」
「いや。僕は立候補したんだ。僕は君に会いたかった。会って話をしたかった。是非ともね」

ふふ、と微笑んでくる。
特に柔らかくも優しくもない。けれど、とても綺麗な優雅な微笑だった。

「さて――」
「待って下さい、話が長くなりそうだから先に結論だけ教えて下さい。先祖の罪って何なんですか?」
「それは結論として話してこそ、でしょ」

あっさりと一蹴された。
先にデザートを食べようとしたらコース料理は順番にと怒られた子供のような気分になった。

「――それは遠い昔の話。とにかく相当に古い大昔の話だ」

まるでタクトを振る指揮者のように片手がゆっくりと持ち上がる。
人差し指、中指、薬指、小指、親指の順に指が立てられる。

「百年、二百、三百、四百、あるいは五百。どれくらい昔か。とにかく相当に古い大昔の話だ。フスベは、最も血筋が古く、最も力強く、更には人格者だった者を次期長老に据え、そいつを中心に栄えた。当時は今より排他的な意識が強く、近親者の婚姻も当たり前だった」

ふと。
男の背後のキュウコンと目が合った。
ポケモン図鑑のデータによれば千年は生きると伝えられているポケモンは、男の背中にどっかりと身を預けて、私を見ている。
じっと。食い入るように。

「当時の次期長老の男も相当に強かった。あらゆるドラゴンポケモンを従え、絶対的な強さを持っていた。人格的にも良くできている、とフスベの人からは讃えられた。男には家が決めた婚約者がいた。その子は相当に幼かったが、血統で考えればその少女が次期長老の嫁にこそ相応しく、妥当だった」

わあロリコン。……じゃなくて。
当時は当時として、真剣な決め事だったって事か。

「里には緩やかな空気が流れていた。このままフスベは順調に発展していくんだと誰もが漠然と考えていた。そんなある日。男は、当時のフスベでは相当な下位に位置していた、一人の女と出会った」


 

 
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