ポケモンの技の催眠術は、本来なら対ポケモン用の技。
けど、ポケモンより非力な身体である人間にも良く効く。
非力だからこそ、その効用は毒にも似た強さで身体に染み込む。

「う……」

頭が痛い。
風邪を引いたりした時に感じる、あの殴りつけられたような痛みじゃない。重い鉛を詰め込まれたような痛さ。
旅をしていた頃、心無い大人の集団やトレーナーと衝突して催眠術を食らった際、ゴールドに助けてもらったりゲンガーに起こされたりした後、決まってこの痛みを感じた。
ポケモンの催眠術は人間にとっては荷が重すぎる。
それが分かった上での行動なのだろうか。あれは。
気分は不機嫌マックスだ。
何でこんな事をする。あとで仕返ししてやる、あのキュウコンのトレーナー。トレーナーはボコボコにして、キュウコンはあの尻尾でもさもさふかふかしてもらう刑だ。
全く、何で私がこんな目に……。
苛々もマックスだ。
視界に映る天井を睨み付けながら苛立ちのままに拳を床に叩きつけると、反動は予想より柔らかかった。
床は鉄のような素材じゃなく、布のような柔らかい何か。
何だと思って見下ろしてみると、布団だった。
布団の上に寝かされている、らしい。
頭の下にはちゃんと枕もあった。

「御目覚めかい?」

横に、例のあの男がいた。
あの仮面の笑みで、傍らから見下ろしてくる。
思わず放ちそうになった舌打ちを飲んで、私は上半身を起こした。
頭が痛い。けど、身体に不自然な痛さは無い。
零しそうになった安堵の溜息も飲み込んで、私は男を見据えた。
男はへらりと笑う。

「いい気迫だね。流石は各地を巡った実力派のポケモントレーナー。でも、バトルだけじゃなく、人間同士での修羅場を潜れば否が応でも腹は据わるか」
「? 私の事を知って……」
「前々から噂だけは知っていたよ。ポケモンドクターの兄の傍らで、木の実による薬剤を調合する、ポケモンブリーダーのユリちゃん」

男の腕が伸びる。
頭の上にポンと掌が乗っかる。
五指で髪を緩く掻き混ぜるように撫でられた。
掌の体温を感じる。
冷え性の兄さんとも、ワタルさんとも微妙に違う。
熱が内側に籠もったような、じんわりと伝わってくる温かさ。
平時にこうして頭を撫でられていたら、その体温で眠くなったかもしれない。

「お兄さんの名前はセリ。公式戦には全く出場しないお兄さんとは逆に、君は各地のポケモンジムに挑戦し、ジムバッジを獲得。ポケモンリーグにも出場している。各地の博士からの評判も上々。ダイゴ君、ミクリ君からは高い評価を得ていて、シロナちゃんからも気に入れられている」
「……?」

チャンピオン三人への言い方に、微妙に親近感が籠もっている。温かさというか。ひょっとしたら個人的な付き合いでもあるんだろうか。
男はにこりと微笑んだ。

「そして、フスベの罪人の子孫」
「――――!」

背筋をぞくりと悪寒が走った。心臓がバクバクと鳴り響く。吸っても吸っても酸素が足りない。
怖い。
嫌だ。
逃げたい。血が、肺が、喉が恐怖を訴えて暴れ狂う。
何で、何でこんなに恐ろしいんだろう。
相手はただの男だ。背後にはキュウコンがいるけど、旅で鍛えたのはポケモンバトルの腕だけじゃない。私自身も随分と鍛えられた。荷物も無いし、逃げようと思えば逃げ切れるはず。
なのに。
何でこんなに恐ろしい。
この男に見つめられるだけで、どうしてこんなに目頭が熱くなって泣きたくなって吐き気が込み上げてくるんだろう。
どうして。
どうして――。

「大丈夫かい?」
「……あ……あ……」
「あれ? 大丈夫? ショック受けちゃったか。でも聞こえてはいるよね? 話を続けるよ? 僕はフスベの血を引く者。だけどフスベの外に住む。その点では君と似たような存在だ」

ふと気づいた。
男の首に巻きついているもの。
マントじゃない。けど、それを模したようなスカーフだ。
背後にはドラゴンポケモンじゃなく、あのキュウコンがいる。男の背中にもたれかかって優雅にゆるりと座り、二つの眼で私をまっすぐに見据えてくる。

「僕はフスベの外に住みながら、フスベの事を記録している。使命というほどのものじゃない。暇潰しに書き留めておくだけ。でもフスベの血を引いているのは事実だから、フスベの人は僕のやる事を咎めず黙認してくれている」

相手の私の方は呼吸が上手くできない上に吐き気も止まらないから全く喋れない状態なのに、相手の男はべらべらと喋り続ける。
まさか話相手が欲しいだけ、とか?
だったら壁に向かって喋っていればいいのに。

「僕は君と君の一族の事を知っている。けど、フスベの人達は忘れ去っているよ。知識としては知っていても、現代まで子孫がいるとは知らない。長老や旧家の人達は、別に子孫がいても気にかける必要は無いか、と生温く考えている。――けれど、状況が変わった」

男の手が離れる。
その目の色は変わらない。相変わらずの笑みだ。
癖として身に着いている表情じゃない。
面白いものがあって、それを見るのが楽しいから、この男は笑っているんだ。
何がそんなに面白いんだろう。何がそんなに楽しいんだろう。

「その子孫が、先祖が罰を下される理由となった罪を再び犯そうとしている。だから君に伝えに来た。――代表として、僕がね」

男が微笑む。
後ろのキュウコンは相変わらずの、すまし顔だった。


 

 
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