一泊していったナズナちゃんとワタルさんを御見送りした。
それから数時間後。
平穏しか望まない私の元に、珍しくまた客人がやってきたらしい。

「私に出ろって?」

ハピナスがコクコクと頷く。
兄さんじゃなくて私。はて。何故だろう。
友人はいる事にはいるけど、診療所にわざわざ訪問してくるほどじゃない。来るとしても事前に連絡くらいは入れておいてくれるはずだ。
ゴールドかとも思ったけど、あいつなら尚更「遊びに来るぜー!」って意気揚々と連絡してくるはずだ。
じゃあ誰だ。
分からん、と内心で首を捻りながらハピナスの後についていくと、診療所の外に出た。
何で外?
ハピナスがとことこと、診療所前の歩道に立つ一人の男の元に近寄る。
二十代頃の、どこにでもいそうな普通の男だった。
シンプルなシャツとズボンにジャンパーを着ている。旅をしているトレーナーにしては軽装だから、どこかの町から来たのかもしれない。
背がとても高かった。兄さんより、ワタルさんより高い。下手したら百九十センチくらいあるかも。
身長は高いけど、身体はすらりとしていて痩躯という感じだ。
優男のような雰囲気を漂わせた男は、癖の無い笑みを浮かべていて……いや貼りつかせていて、屈託の無さそうな雰囲気を漂わせ……いや固定させていた。
ちょっと不気味だ。
そして、違和感がある。
この男の顔と姿。見覚えは無いような……あるような。初対面のはずなのに、初対面と思えない。奇妙な懐かしささえあった。
男が笑みでハピナスに何か喋る。ハピナスは一つ頭を下げて、室内に戻って行った。

「あの」
「やあ。こんにちは」

男がにこにこと微笑む。
嫌な笑みだ。
口元の筋肉が覚えた通りに慣れ切った表情を浮かべたって感じ。
こっちを見下しているわけでは……なさそうだけど。

「君に用があって来たんだ」
「そうですか」

用って何だろう。
木の実の調剤の配合を訊きに来たとか、ゴールドから話を聞いて訪問してみたとか、予想するだけならいくらでもできる。けど、どれもこれもピンとはこない。
一体何だろう。
半ば不信感さえ覚えながら相手を見据えると、彼の唇の角度が上がって、更なる笑みを作った。
嫌だ。この微笑み。
仮面みたいな癖の無さ。
頬に血の気は通っているから生気はあるけど、生気のある頬に仮面の表情を貼りつかせているからこそ、不気味というか気色悪い。

「あのさ」
「はい」
「上手い具合に人気もいないし。――ちょっと眠ってくれないかい?」
「――はい?」

男の背後にゆらりと何かが見える。
ベージュのような白っぽい色。ふさふさと動く九本の尻尾。
キュウコンだった。
男の後ろにそっと寄り添うキュウコンの瞳が不思議な色を放つ。
催眠術だ。
その事に気づけはしたものの、その直後に私の意識は抗いようのない睡魔に飲まれていった。

 
 

 
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