強い者が生き残る。
それは全ての動物に適合される自然の法則だ。
それは全ての動物が知っている。
なのに、彼女は泣いていた。
泣いても無意味だと知っているはずなのに。
今から思えば無遠慮だが、訊いた事がある。何故に憐れむのだと。
すると彼女は嗚咽を零し始めた。流れる涙は止まらず、顔にはむしろ悲しみの色が濃くなる。
自分のせいかと一瞬ぎょっとした。そんなに不躾で酷な質問をしたかと。
彼女は泣きながら言った。

「どうして憐れむ、なんて、どうしてそんな事を訊くんですか」



……また奇妙な夢を見た。
ユリちゃんが作ってくれた朝食はおいしいのに、どうにも昨夜に見た夢の内容で頭の中が一杯になってしまう。
前の夢と同じ女の子が出てきた。
その女の子と話した。
内容だけならそれだけだ。
しかし、あの女の子がいた場所。あの女の子が抱えていたもの。
あれは――。

「朝食はいかがですか?」
「おいしいよー! 御風呂も広かった!」

一晩ぐっすり寝て、朝に風呂に入ったナズナは機嫌の良さそうな笑顔だ。
ユリちゃんは微笑んで一つ頷いた。
食卓につくのは俺とナズナとユリちゃんだけ。
噂で良く聞く、ユリちゃんのお兄さんとは、結局は会えないままだった。
もしかしたら避けられているだけなのかもしれないけど……。
朝食を終えて支度も済ませると、昨日さんざん遊んで戯れたポケモン達が別れを惜しんでくれた。
特にナズナはリオルが気に入ったらしく、俺のカイリューに乗る直前までずっと抱き締めていた。

「リオル……バイバイ、また来るからね」

思わずユリちゃんの顔色を伺うと、ユリちゃんは敢えて何も言わずに笑みでナズナちゃんの頭を撫でていた。
ナズナはリオルをユリちゃんに預けると、カイリューの背中に乗った。
ユリちゃんは両腕でしっかりとリオルを抱き留める。ナズナと比べるとやっぱり安定感のある抱き方だ。
リオルは寂しそうに目を細めていた。

「一晩、泊まらせてもらえて有り難う」
「いいえ。こちらこそ」

また来て下さいね、とは言わない。
ユリちゃんはたとえ御世辞でも言いたくない事は言わないんだろう。
逆に言えば、分かりやすい。
その分かりやすいユリちゃんの顔に、ふと別の色が走った。
疑問と困惑の色だ。
ユリちゃんはことりと小首を傾げた。

「ナズナちゃん、ミニリュウは?」
「……えっ? あれ? あれー?」

またか。
という言葉を辛うじて飲み込んだ。
ユリちゃんが「探してきます」と室内に引き返す。
俺は溜息を飲んで、ナズナの頭を撫でた。
管理しきれないならモンスターボールに入れておけと言いたい。
だが、ナズナのミニリュウは特段に脱走の癖があるわけじゃない。これは確かだ。
しかし、何故かこの診療所の付近や室内に入ると、ミニリュウは忽然と姿を消す。あの診療所が気に入ったのか、あるいは何か惹かれるものがあるのか。
それは分からないが……。

「お姉ちゃん!」

ナズナがパッと顔を上げる。
診療所から出てきたユリちゃんが両腕にミニリュウを抱えていた。
ミニリュウは特に表情を変えず、ユリちゃんが伸ばした腕からナズナの首元にするりと戻る。
ナズナは無邪気に喜んでミニリュウの頭を撫でた。

「……ユリちゃん?」

ユリちゃんは何か難しい顔で首を捻っていた。足下のルカリオと何か喋っている。
ナズナがバイバイと言う。
ユリちゃんが顔を上げ、手を振った。

「お気を付けて」
「ああ。有り難う」

ユリちゃんがにこりと笑う。
昨夜に家の中で見た無防備な笑みとは違う。表向きの取り繕った笑みだ。
けど、俺はその笑みを不快とは思わなかった。
カイリューに声をかける。
カイリューが首をもたげて、力強い羽ばたきを始めた。
ふわりと地上から浮き上がる感覚。
ナズナが手を振る。
徐々に高度を上げ、本格的な飛翔の加速に入る直前。
振り向いてみると、ユリちゃんは見送りに出てきてくれたポケモン達と一緒に手を振ってくれていた。
その背後。診療所の窓。
眼鏡をかけた男が、じっとこちらを見ていたような気がする。


 

 
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -