リオルやピチューに行こう行こうと袖を引っ張られるままに風呂に行き。
個人の家庭の風呂というよりは小規模な銭湯にも見える浴場に驚きつつ、小さなポケモン達の面倒は大部分のところをルカリオに助けてもらいながら、ようやく風呂を出た。

「湯加減、いかがでした? 小さいポケモンもいるから、あまり熱くはできないんです」
「大丈夫だよ、そんなに温いとは感じなかったから」

リビングに戻ってきた俺にユリちゃんがお茶のペットボトルを差し出してくる。
有り難う、と受け取ると、ペットボトルは確かに飲み頃の感じに冷えていた。蓋を開けて一口。市販の烏龍茶だった。

「サイズはいかがですか?」
「ん、大丈夫」

ルカリオが俺に持ってきてくれたのは男物のシャツとズボンだった。部屋着のシンプルなデザインで、寝苦しくない程度に大きめのサイズの物だ。
客人用というよりは……この家に一緒に住んでいる男性の着替えだろうか。
たまに噂でも聞く、ユリちゃんのお兄さん。若いが腕は良いポケモンドクター。
俺はさほど小柄な方ではない。でもこのシャツのサイズは大きいと感じる。ユリちゃんはそれほど長身ではないが、お兄さんは大柄なのだろうか。
ふと気づくと、何か物珍しそうな表情でユリちゃんが俺の事をじっと見つめていた。

「どうかしたかい?」
「――あっ、す、すみません」

ユリちゃんはふいっと顔を逸らした。良く見ると頬が赤い。
こういう反応を取られる事は、少なからずある。自惚れているわけではないが、これくらいの年齢になると他人からの反応は的確に感じ取れるようになってしまう。それに的確に対処しなければならないからだ。
しかしユリちゃんはどちらかというと俺にはあまり良い印象を持っていないはずだし、今の俺の格好は普通の借り物の部屋着だし……いつものマントも着けていないはずだが。
内心で首を捻っていると、いきなりユリちゃんがぶんぶんと首を横に振った。
カーペットの上に両膝をつき、両手で頭を抱えて、なおも首を横に振る。
俺の隣で風呂上がりの水分を摂っていたルカリオがぎょっとした。
ユリちゃんの異変を見てサーナイトとキレイハナが慌ててやってくる。ユリちゃんはその二匹にきゅっとしがみつき、両腕で抱き締めて――。

「うああああ家に男の人がいるよ兄さんじゃないよ御客人だよどうしよぉぉぉぉぉ」

何というか、俺の知っているユリちゃんにしては、らしくない悲鳴を聞いた。
サーナイトとキレイハナは戸惑ったように顔を見合わせつつ、ユリちゃんを宥めるようによしよしと彼女の頭を撫でる。
何だか立場が逆だ。さっきまで小さなポケモン達をあやしていたユリちゃんが、今度は年長組と思しきポケモン達に甘えていて。

「兄さんじゃないよ兄さんじゃない男の人がいるよダボダボのサイズの部屋着が好きな兄さんの着替えをちゃんと着ているよダボダボになってないよ兄さんより体格がいいんだうああああああああ」

ユリちゃんに……一体何があったんだろう。それともこれが彼女の本来の性格なのだろうか。
呆然とする俺の周りで、何匹かのポケモンが立ち止まって心配そうにユリちゃんの元に行く。
けど、ロズレイドやゲンガーのような、割とサイズが大きめのポケモン達は呆れたような眼差しでユリちゃんを一瞥すると、ソファに座って暢気にテレビを観始めた。ユリちゃんを宥めようと必死に鳴く小さなポケモン達の事はお構いなしにケタケタと笑っている。

「うああああああ男の人がいるよ何を話せばいいんだようちに御泊まりしているよどうすればいいんだよどうすればいいんだあああああ落ち着かないよおおおおお」

いや落ち着け。落ち着こう。
と言いかけた言葉を俺は寸前になって飲み込んだ。原因の俺が言ったらユリちゃんはますます混乱するかもしれない。
混乱には何だっけ、キーの実を……ってユリちゃんはポケモンじゃない。俺もだいぶ混乱している。逆鱗を放ったわけでもないのに何なんだこの混乱状態は。

「うっ、ううぅ、ひぅ……っ」

泣き始めた!?
ユリちゃんの嗚咽が聞こえてくる。丸まった背中は小さく震えていた。
これはどうすればいいんだ。原因の俺が慰めても恐らく逆効果だ。なら待つしかない。待とう。
というかユリちゃん、兄以外の男が苦手なのか? ゴールド君とは親しそうだったのに……いや、さっきの口振りからすると、この家に、兄以外の男がいるのが嫌なのか。
あるいは男に慣れるのに相当な時間がかかるのか。
しばらく待つと、ユリちゃんの嗚咽がやんだ。しゃくり上げながらも振り向く。
ユリちゃんは途中でルカリオが持ってきたタオルで目元を抑えていた。隙間からわずかに、涙をポロリと零す赤らんだ目が見える。

「……すみません、ちょっと、混乱しまして」
「い、いや」

気にしていないよ、と言うべきか。しかし原因の俺が以下略。原因が俺なのは明らかだ。
しかしまさかユリちゃんが泣くとは思わなかった……。
最初の頃のあの印象が強すぎて、どうも偏見のようなものを抱いている気がする。これは駄目だ。あの時は俺とナズナが悪かったのだから、これは改めなければならない。

「……ユリちゃん」
「困惑させてしまったのですから勿論ワタルさんにもお話しますというか説明します私は特に男性が苦手というわけではないのですが」
「いやあの」
「家の中だとどうも兄と二人だけという認識を強く持ってしまったので御客人というイレギュラーな存在がいる事に動揺してしまったのです私も兄もここに招く友人はいないので」
「ちょっと待って」
「さぞや困惑したでしょう混乱したでしょう本当に申し訳ありませんでした」
「ユリちゃん」
「何でしょう」
「俺は、驚きはしたけど、そんなに迷惑には思っていないよ。むしろ、ここに泊まらせてもらえて有り難いとは思うけど、同時に申し訳ないと思う。女の子の君を不安がらせてしまって」
「……ワタルさん」
「何だい?」
「女の子の君を不安がらせて、なんて。紳士的ですね。――素敵です」

ストレートに来た褒め言葉に、思わず鼓動が一つ弾んだ。
逢瀬に誘われたわけじゃない。身体を求められたわけじゃない。
だからこそ――それとは無縁そうなユリちゃんの、心からの純粋な言葉が、やけに強く心を揺さ振った。


 

 
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