ユリちゃんに振る舞われたおいしい夕食を堪能して、デザートの葛きりも御馳走になった。
そして、俺が想像して――多分、ユリちゃんも懸念していた通りの結果になった。

「リオルー、たかいたかーい」

リオルを抱えて、高い高い、とできるだけ上まで持ち上げるナズナ。
ナズナが高い高いをする度にリオルは楽しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。
客として訪れたナズナの気配や空気にすっかり慣れたのか、あるいは物珍しいのか、居間のソファに座るナズナの周りには小さなポケモン達が集まっていた。
ピチュー、ピィ、ププリン、ルリリ、トゲピー、ブルー。他にもまだたくさんいる。
何匹かはナズナの膝の上で眠ってしまっていて、動く気配が無い。
その上、ナズナの方も、小さなポケモン達と戯れつつも何度か目を擦ったり欠伸をしたりしていて、どことなく眠そうな表情をしていた。

「眠い……」

ここがフスベなら、どうぞ遠慮なく泊まっていって下さいと誰もが口を揃えて言うだろう。フスベからあまり出た事が無いナズナは、それが敬意と畏敬からくるものであり、甘えさせてもらっているという事にすら気づけていない。まだそこまで広い視野で物事を考えられる年頃ではないのだ。
こうなる前に帰りたかったんだが……。
フスベではない場所にある他人の家に来て、ナズナがここまでリラックスして打ち解けられるようになるとは思わなかった。ナズナは思ったより順応性があるのかもしれない。

「……今日、泊まります?」

ユリちゃんが小首を傾げて尋ねてくる。
肩口からさらりと髪が零れた。
銀色のような灰色のような、不思議な色合の髪。
あまり見た事が無い髪の色だ。
そういえば、瞳の色も、あまり見た事が無い色のような気がする
青色と水色の中間のような、薄くて淡い色合。
ユリちゃんが俺の視線に気づいたのか、苦笑いを返してきた。
珍しい物を見るような不躾な視線を向けて不快な思いをさせてしまっただろうか、と俺はすぐに謝ろうとした。
けど、ややあってからそうじゃないと気づいた。
ユリちゃんが苦笑いしている理由。

「ナズナ……」

ユリちゃんにもたれかかるような姿勢で、ナズナがすやすやと眠っていた。
さっきまでナズナと一緒に遊んでいたリオルは、逆にナズナをあやすように頭を撫でていた。

「今、サーナイトとキレイハナに御布団を準備してもらっています。ワタルさんはどうしますか?」
「ん……」

帰るべき、だろう。今日は本来なら泊まる予定じゃなかった。夕食を御馳走になる、それだけのつもりだった。泊まる客が二人も出たら持て成す側も困るだろう。
しかし、保護者の俺がナズナを放っておいて帰るわけにもいかないし、――いや、カイリューに載せれば運ぶ事はできるか。それでフスベに帰れば万事解決だ。
流石に寝たまま載せるわけにはいかないのでナズナを起こす事にはなるだろうが、ユリちゃんは俺達二人が帰る事を望むだろう。
元より俺達はあまり歓迎されていない。ユリちゃんがナズナの我儘に辛抱強く付き合ってくれていただけだ。
なら、その縁をここでスッパリと断ち切ってしまった方がいいのかもしれない。
ユリちゃんの顔を見てみると、しかしユリちゃんは意外にも最初の頃のような冷たさは微塵も無い、人肌の温もりを宿した表情で『どうします?』と朗らかに尋ねてきていた。
家の中だからか、ユリちゃんの表情に警戒心は無く、無防備に微笑んでいる。
俺とナズナに対して何かしら認識を変えたというわけじゃなく、家の中だからリラックスできているのかも……。

「あ、こら、みんなっ」

ユリちゃんの切羽詰まった声がする。何だ、と思った次の瞬間、俺の背中や腰元や両足に、柔らかくも容赦ない重みが引っ付いてきた。
重い。思わず腰を落としてしまうと、今度は膝や両肩にも次々とポケモン達が乗っかってきた。
肩からぽろりとポケモンが落ちる。慌てて両腕で受け止めてやると、ころりと転がって丸まったオタチがきょとんとした目で俺を見て、次いで瞳をキラキラと輝かせた。何か言いたそうに鳴き声を上げる。

「すみません、この子達、他の人を見るのは久し振りだから……」

ユリちゃんが俺の肩や膝の上ではしゃぐポケモン達を慣れた仕草でひょいひょいと持ち上げて下ろしていく。不満そうに鳴くポケモンもいるけど、ユリちゃんに抱き上げられて喜ぶポケモンが大半だ。
ルカリオやサーナイトにあやされて喜ぶポケモンもいるけど、その二匹も含めてみんなユリちゃんの事を慕っているみたいだ。
トレーナーとして、というよりは、一緒に住んで暮らす、家族として。あるいは、母か姉のようにも思っているんだろう。

「ユリちゃんの手持ち、だっけ」
「はい。旅の途中で私がゲットしたポケモン達です。ゲット以外に、色々な事情で出会ったポケモンもいます」
「事情?」
「老夫婦に、ポケモンの卵を拾ったんだけど、自分じゃ面倒を見切れないから育ててくれ、とか。ポケモンレンジャーの人に、このポケモンを預かっているんだけど、バトルをやりたがっているからトレーナーになってくれないか、とか。あと、ジュンサーさんに頼まれて、ガーディの訓練の御手伝いをした事も。旅の途中は色々な人と出会いました」

楽しそうな笑顔だった。
気分が高揚しているのか、肌理が細かくて真っ白な肌の頬がほのかに赤く染まっている。
俺はようやくユリちゃんが年相応の女の子に見えてきた。
最初の頃は瞳に薄く張っていた氷が溶けて、中の花が陽光を浴びて綻んでいるような愛らしさ。

「……でもね、みんな、ワタルさんはそんなに、外泊とか簡単にできる人じゃないから。引き止めちゃ駄目だよ」

ユリちゃんがポケモン達に話しかける。三分の二くらいのポケモンはユリちゃんに見つめられて諭される内に肩を落としたりして納得した様子だけど、俺の服の裾を引っ張って駄々を捏ねるポケモンもまだいる。
ユリちゃんの眉尻がへにゃりと垂れ下がった。少し可愛い、かもしれない。

「ユリちゃん、俺は泊まっても大丈夫なんだけど」
「えっ? 本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。急ぎの用事は無いし、トキワジムからもフスベジムからも挑戦者の連絡は無いからね」

本来なら帰るべき……なんだろうが、ここで帰ったら、逆にユリちゃんの負担になってしまうかもしれない。
まだ何匹かが俺の膝や肩の上に座り込んでいる上、ピチューやリオルが絵本や玩具を持ってきて、ユリちゃんじゃなく俺の方に期待の眼差しを投げかけている。
ユリちゃんはそんなポケモン達を見た後、俺の方に向き直って、ぺこりと頭を下げてきた。

「すみません、お願いします」
「いや、頼むのはこっちの方だよ。ナズナも寝入ってしまったし……」

俺と話す間も、ユリちゃんの微笑は曇らない。
二十代にしては、少し純粋すぎるかもしれない。多分、十代の子かな、と俺は心の中で思った。


 





 
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