翌日。
明日、お客さんが二人来るんだけど、と伝えると、兄さんは目を丸くした。

「ユリの友達かい?」

診察の準備をしながら兄さんは顔を綻ばせた。
無邪気で、無垢で。
私よりも純情で純朴だ。

「昨日、ちょっとした事で知り合った人なんだけど。男性が一人と女の子が一人」
「……男の人?」
「あ、そういう意味の人じゃなくて。本当にただの知り合いで。で、その二人が、その……フスベの人なんだけど」

兄さんの雰囲気が微妙に変わった。
顔を上げ、まっすぐな目線でどこかを見て――私の方を見る。

「……そっか。でもまあ、フスベに立ち入るわけじゃないし。大丈夫だよ」
「そっか」

ほっとした。
今の私の保護者は、遠くに住む両親よりも、近くにいる兄さんと言った方がいい。
私にとっては大きな存在で、直接的な保護者の兄さんから許可を貰えて、安堵できた。

「御夕飯も振る舞う予定なんだけど……小さいポケモンがいても大丈夫、って言ってたから。それで」
「ああうん、分かった。僕も同席するから。大丈夫」

ポンポンと頭を撫でられる。
私の中に淀みのように溜まっていく不安が消えていった。

「明日の夕飯、まあいつも通りではあるけど、ユリに任せるよ」
「う、うん。とびっきりのを作るからね」
「ああ。……じゃ、先に行ってるよ」
「うん」

診療所と家の境のドアをくぐって、兄さんが診療所に向かう。
行ってらっしゃい、と言って、私はドアを閉めた。
足下に気配を感じる。
見ると、予想通りルカリオがいた。
ルカリオは何か言いたげな顔でこっちを見上げてくる。
ルカリオは、ポケモン図鑑のデータや研究結果によると、波導という特別な力を操り感じる力を持っているらしい。
だから、感じているのだろうか。
私が抱く様々な感情を。

「大丈夫」

普通にやればいいんだ。
相手がフスベの人でも、ここはフスベじゃない。
だからそんなに気後れする必要は無い。
大丈夫。
よし。
明日の夕飯のメニューを考えよう。
和食か洋食か。四人だから多めに作れる物がいい。あまり手の込んだ物は駄目、というか嫌。作る私が面倒臭いから。
今の季節は春。だったら鍋物とかシチューは駄目か。鍋はいいだろうけどシチューは季節が違う。何にしようかな……。
取り敢えず思いついたのをズラズラと、今朝の朝刊に挟み込まれていたいらないチラシの裏に書き連ねてみる。
この中でいいのは――。
考えていたら、ルカリオにちょいちょいと服の裾を引っ張られた。

「あ……御免」

考えるのはあとだ。今は今日の作業をこなさなきゃ。
取り敢えずチラシとボールペンをポケットに突っ込んで、ルカリオと一緒に診療所の方に向かった。
今日の作業で作るのは、外用薬は塗布剤の傷薬に、内服薬の風邪薬と頭痛薬と腹痛薬と胃腸薬。
傷薬は多めに作っておいて越した事は無い。本当に良く消費されるから。
最近は使いやすいスプレー式の傷薬もあるけど、木の実から作った傷薬の方が本当は効用がある。最初はそれを知っている人にダース単位で買い込まれる事があった。それをされると診療所に来たポケモンに渡す分が無くなってしまう。だから対策に『一定量以上を買う人は事前に注文して下さい』って張り紙をしたら、今度は自宅に運んでくれって言われるようになった。そっちはルカリオやワンリキーに手伝ってもらっている。
商売って難しい。うちの診療所はポケモンセンターと似て非なる立ち位置だから、トレーナーさんからはお金を受け取らず、補助金で運営しているんだけど、ポケモンセンターの査定ってやつがある。別に悪い事をしているわけじゃないけど、それなりにサービスも良くしなきゃいけないし。まあ、診療所にはあまり来られない人に薬の詰め合わせとかを持って行ったりすると喜ばれるし、御用聞きで回ったりすると感謝されたりするから、そんなにやぶさかではないんだけど。
そういえば、ルカリオが荷物をひょいって持ち上げたらリオルが僕もやる僕もってぴょんぴょんジャンプするんだけど、お前にはまだ早いってルカリオが諭すんだよ。あれ凄い可愛いんだよねえ。
おっと逸れた。

「さ、やろうか」

診察を受けた患者に薬を渡すのは、私じゃなくてラッキーだ。
その時間と手間が削られない分、私は薬を作るのに全力を費やさなければならない。
ほんの一つでも間違いがあったら、絶対に駄目だし。
いつものスタッフオンリーの部屋に入る。
カーテンを開けて左右で纏めて、タッセルで留める。
窓の外を見ると、サーナイトやキレイハナが籠を持って作業を始めていた。庭ではワンリキーやガーディに見守られながら小さなポケモン達が遊んでいる。
長く一緒にいた、私がバトルで頼りにする面子は……ロズレイドは池で足を突っ込んでバタ足をやって水を跳ね上げさせていて、水の主のような存在のミロカロスがそれにぷりぷりと怒り、ブーバーンは庭の隅で小さなゴザを敷いてのんびりと太陽を見上げ、エレキブルとゲンガーは縁側で将棋を指している。
働け君達。いや、私がいざバトルをする時には本当に頼りになるんだけどさ。確かにバトルでは物凄いエネルギーを使わせているけどさ。せめて小さいポケモン達を見守るくらいはやって欲しいな、と思わなくもない。
まあ、ここで楽しく暮らしてもらえているのなら、それだけで嬉しいんだけどさ。
棚を開けて、昨日の内に磨り潰して乾燥させておいた材料を取り出す。
今日も頑張る。それだけだ。
明日がちょっとイレギュラーなだけ。うん。



十一時になった。テーブルの上の目覚まし時計のアラームが鳴り響く。
ルカリオが素早く手を伸ばしてカチリと止めた。
休憩時間に突入。
切りの良い所で作業を中断させて器具を置いた。
診療所は十一時から十二時が休憩時間。十二時から一時は世間一般では昼休みだから、むしろその時間帯の方にトレーナーさん達が来る。だから少し早めに昼食だ。
部屋から出て家に戻る。
キッチンの近くの食堂には、もう大半のポケモン達が集まっていた。
サーナイトとキレイハナがちゃっちゃとポケモンフーズを用意して皿を置いて行く。
私は冷蔵庫を開けた。ラップで包んだ冷凍庫の御飯を電子レンジで解凍して、中に塩を適当に振りかけて再びラップで包み直して、三角形に握り込む。おかずは梅干と漬物と、冷凍食品の唐揚げとオムレツと、インスタントの味噌汁。
朝食と夕食は手作りだから昼食くらいは手を抜きたい。
私は大丈夫なんだけど、兄さんが敏感で、あまり連続で冷凍食品を出すと食傷で吐き気がして食べられないとかヌカしてくる。だから兄さんが一緒にいる朝食と夕食は手作りで、昼食の時は夕食の残りを適当に詰めた弁当を差し出している。兄さんは診療所の休憩室でそれを食べながら、午前の診察結果などを見てラッキーやハピナスと打ち合わせをしている。
兄さん頑張れ。私も頑張るけど。
解凍してほかほかになって、それなりにおいしい唐揚げを食べながらお握りを齧る。
予想以上に、しょっぱかった。
塩を振りすぎた。慌てて味噌汁を飲み込む。
びっくりした……。
胡瓜の漬物をぽりぽりと噛む。おいしい。やっぱり米だよ米。
と思いながらお握りの最後の一口を放り込んで噛み締めた時、手首のポケギアがバイブ機能で淡く震えた。
画面を見ると、それなりに長い付き合いである友人の名前が表示されていた。
着信を受け取る。

『ようユリ! 元気か!? 最近全然会ってねえじゃん! お前、今どこにいるんだよ! あ! そっか! 確かお兄さんと一緒に診療所やってるんだっけ!?』

騒がしい。うるさい。テンションが高すぎる。
フーズを食べ終えてみんなから回収した皿を重ねて持ってきたリオルの頭を撫でて褒めていたルカリオがびっくりした顔でこっちを見る。
サーナイトやキレイハナも「何事?」って感じだ。
手を軽くハタハタと振って、気にしないでとジェスチャーを送る。
ああそう、とポケモン達は自分達の作業に戻っていった。理解してくれて有り難い。何か最近はマイペースに流されているんじゃないかと思う気もするけど。

『あれ? もしもーし? もしもーし!? 聞こえてる!?』
「聞こえてるよ、ゴールド」
『おい聞こえてるんなら早く返事しろよ、掛け間違えたんじゃないかと思ってびっくりしたじゃねえか!』

きゃんきゃんとうるさい。
だけど、静かなのもゴールドらしくないなと思う。

『なあお前、フスベのジムには行ったか?』
「え?」
『いやさ、格闘道場でイブキが訊いてきたんだよ。ユリってトレーナーを知らないかって。で、俺の友達だけど何で? って訊いたら、そいつ他のジムリーダーからユリって名前の骨のあるトレーナーがいるって聞いてちょっと期待していたのに、いくら待ってもフスベジムに来ないから、って言ってた』
「……あー」

何を言うべきか、言いたい事が纏まらない。
ゴールドには先祖の罪の事は言っていない。それなりに親しいけど、そんなに深い仲でもないから。他人に言い触らす事でもないし。

『何か事情があるなら、イブキに上手く言っとこうか?』

こいつ普段はうるさいのに何で気遣いは男前なの?
まあ……いいや、今はそれに甘えてしまおう。

「俺は良く知らない、って言って」
『オッケー! ――あ、なあなあついでだから診療所の住所を教えろよ! 遊びに行くからさ!』
「診療所は遊びに行く所じゃないの。君は空を飛ぶの秘伝技が使える資格を持っているんだからポケモンセンターに行って」
『何だよつれないな、俺はお前に会いに行くんだっての!』
「な――」

一気に頬が熱くなる。
同年代で、顔見知りというよりは間違いなく友達で、こう、溌剌とした感じでいつも明るいゴールドにそんな事を言われてしまうと……。

「……ウ、ウツギ博士に聞いて!!」

通話を切る。
頬の熱を冷ますために顔をぶんぶんと横に振ると、何故かサーナイトやキレイハナが生温かい眼差しを寄越してきた。

「な、何、その目!?」

思わずヒステリックな感じに叫んでしまったけど、何故かルカリオやゲンガーも生温かい眼差しを向けてきた。
何で? え? 何か変な事を言った?
ポケモンセンターのロビーでゴールドと話していたら、「お前って意外と箱入り娘なんだな」って呆れられた時と少し似ている。私は旅をしているのに。その途中でゴールドと会ったのに。確かに旅に出る前は家にいたけど、そこでも特に過保護にはされなかったはずだ。分からない……。

「ゴールド君と親しいのかい?」
「ええ。友達です。今はあまり会っていないんですけど……」

あれ?
今の、人間の声?
兄さんじゃない。ゴールドでもない。
じゃあ……誰?

「……ワタル、さん?」
「こんにちは。ユリちゃん」

恐る恐る振り向くと、いつの間にか数歩の距離を置いて、何故かワタルさんがいた。
家のインターホンは鳴らなかった。まさか人の多い診療所からここに入ってきたわけじゃあるまいし。
じゃあどうやって? まさかテレポート?
ルカリオがちょいと指差す。ワタルさんの背後。庭と続く縁側の大窓が開いていた。
大窓の傍にいるリオルが、自分と同じくらいの背丈のポケモンと喋っている。
リオルの背中に隠れて見えない。何か嫌な予感がする。
リオルの名前を呼ぶと、リオルがこっちに振り向いてニパッと笑って手を振る。
その傍らにいるのは――ミニリュウだった。
まさかと思っていたけど、当たっていた。

「あの、いくら何でも住居不法侵入って、チャンピオンとしてどうかと」
「ん? 俺はリオルがこっちに来てと手招きされたからついてきたんだが……」
「……え?」
瞬きが止まらない。リオルを見つめる。
リオルは、様子がおかしい私と、同じように見つめてくるルカリオやサーナイトを交互に見た。
やがてルカリオが何か喋り始める。
私にポケモンの言葉は分からない。けど、多分、私が思っているのと似たような事を伝えてくれているはずだ。
サーナイトとキレイハナが「どうする?」と目線で問いかけてくる。御客様として迎え入れるか、追い出すか。確かに今この場でその判断を下すべきは私だ。
けど、どうしようか。チャンピオンが意味の無い嘘をつくとは思えない。あのおろおろとしているリオルの様子だと、本当に招き入れた可能性もある。その御客様を追い出すのは――。
不意に、リオルからぽろりと涙が零れ落ちた。
え、と慌てた瞬間、頭の中に何かが響き渡った。

『だ、だって、ミニリュウがここを開けてって言うから、怪我をしているなら中に入れて手当てしてあげなきゃって思って、そしたら診療所の近くにこの人の波導を感じたから、また遊びに来たんだなって思って、今度はちゃんと招かなきゃいけないのかなって』
『分かった、分かったから少し落ち着いて』
『ユリちゃん怒ってる? 僕、ユリちゃんに怒られるのやだ。怖いよぉ……』
『お前を叱るべきと判断したなら、ユリは叱るだろう。しかしそれはお前のためでもあるのだ。お前を思っての事なのだ。それに、この人が確かにユリと会話はする程度の仲になったとはいえ、ユリに無断で室内に招き入れてはならない。ユリは女で、この人は男なのだ。まさかの事があったらどうする』
『で、でも、そういう波導は感じないし』
『俺とお前はそうだが、サーナイトやキレイハナが驚くだろう。まずは俺かこいつらかユリに判断を仰ぐようにと、そう言っておいたはずだ』
『ふえええ、すみません……』

ひっくひっくとリオルが泣き出す。ルカリオが背中をさすって宥めた。
ギッと睨んでいたサーナイトも、首を緩く振って仕方ないと肩を竦めるキレイハナを見て、ふぅと溜息をついた。
――今の声って……何?
リオルが何か話す度に、ルカリオが何か喋る度に、私の頭の中に声が響く。タイミングがぴたりと合っている。
まさかこれって……ポケモン図鑑や研究論文で良く聞く……波導、って力?

「ねえ。リオル、ルカリオ」
『ふええええええええ御免なさい御免なさぁい……』
『何だユリ、今ちょっと……って、通じないか。はあ……。ユリも波導使いの才能があればなあ、通じるんだが』
「いや、通じてるよ」

ルカリオがバッと勢い良く頭を上げて私を見た。
涙ぐんだ顔でリオルもゆるゆると顔を持ち上げる。

『ユリ、お前、俺の言葉が分かるのか?』
「うん」
『リオルの言葉は?』
「分かる。今、御免なさいって凄いビービー泣いている」
『……何でいきなり波導が読み取れるようになったんだ?』
「いや、良く分からない……てか波導ってリオルやルカリオにしか使えないんじゃないの? え? まさか使える人間ってのもいるの?」
『いるぞ。そういう才能を持った奴は、数は少ないがいる。……しかし何にせよ僥倖だ。これで少し楽になる』
「リオルとルカリオの声が脳内で同時翻訳されていてすっごい不思議……あ、リオル、大丈夫だよ。怒ってないからね。ね。ほら、手で擦ったら、お目目が傷ついちゃうよ? それにそんなに泣いているとお目目が溶けちゃうよ。さあ、ほら、泣きやんで。可愛いリオル」
『ふええええええん、ユリちゃん御免ね、御免ねえ……』

リオルとルカリオが人間の言葉で喋っている。物凄く不思議だ。けど違和感は無い。ポケモンも人間も同じく心を持っているからだろうか。
リオルを抱え上げて抱き締める。
左腕でリオルの膝の裏を抱き上げながら右手で背中をポンポンと背中をさすってやると、しゃくり上げてリオルの背中が震える回数が少しずつ減っていった。ぐずぐずと鼻を啜りながらも私の顔を見上げてニパッと笑う。
良かった。

『ユリちゃんに抱っこされるの大好き。ユリちゃん大好き』
「私もリオルが大好きだよ。愛してる」
『僕もユリちゃん愛してる!』

鼻血を噴きそうなくらい可愛いんだけど。
うへへへへ、と頬が緩むのが止まらない。
けど。
ここには、診療所には住んでいない、他の人がいる事をすっかり忘れていた。

「ユリちゃんは愛情深いんだね」

ワタルさんがそう言って朗らかに笑った。
――う、わ。うあ。うああああああ。見られた。今の見られた!
あまりにもだらしなく頬が緩んでいるから、ポケモン達や兄以外には見られたくなかったのに。なのに。

「……お茶、飲みませんか。今ちょうど昼休みなんです」
「いいのかい? それじゃ、御言葉に甘えて」

ワタルさんは空気を読んでくれた。
私はリオルを抱えたまま背中を向けてキッチンに飛び込んだ。
飲み物は、ジュースにコーヒーに緑茶に烏龍茶に鉄観音茶に牛乳に……私も兄も紅茶は飲まないから紅茶の葉は無い。コーヒーを淹れようとして、ぴたりと手を止めた。もしワタルさんがカフェインアレルギーだったら……。

「あの、ジュースとコーヒーと緑茶と烏龍茶と鉄観音茶と牛乳があるんですけど何にします? あ、コーヒーと牛乳の応用でカフェラテもできますよ。お好きなのをどうぞ!」
「それじゃ、コーヒーで」
「は、はい!」

何だコーヒーで良かったんじゃないか。
というかワタルさん相変わらず微笑んでいて本当に大人びた感じだ……。
ドリッパーにフィルターをセットしてコーヒーの粉を注ぐ。ドリッパーの区切られた部分に水を注ぐ。ボタンを押す。
水が沸騰して、フィルターの上からぽたりぽたりと落ちて、コーヒーの粉に染み込み、フィルターで濾されながら下の器に溜まっていく。
うちに電気ケトルは無い。だから少し時間はかかるけどドリッパーを使うしかなかった。
ふと左腕のリオルを見ると、いつの間にかすやすやと眠っていた。泣いて疲れたのかもしれない。
ルカリオに預けようとすると、そのルカリオはキッチンの隅に積んだ段ボール箱の中を漁っていた。ちょっとそこ私の御菓子ボックス。あ、御茶請けを探しているのか。

「そのリオル、俺が預かろうか?」

ふ、と他人の体温が近くに迫る。
顔を上げると、首が痛くなった所でワタルさんの顔が見えた。
随分と背が高いなあ。いや当たり前だ。大人だし。……大人だよね? 二十代だとは思うけど。

「すみません、お願いします」

ワタルさんの目線は私とリオルに同時に向けられていた。小さいポケモンが気になるのかな。そう思って、思い切って腕の中のリオルをワタルさんの両腕に預けた。
すると。
リオルの目が開いた。半分ではあるけれど、ゆっくりと力無く開いた。
リオルの目は眠気でぼやけて焦点は定まらないまま。何故か両手足をぐずるように動かして、

『ユリちゃんじゃないぃぃ……』

いやいやと首を横に振る。
リオル超可愛い私がいいの何でそんなに可愛いの可愛すぎるんだけど私がいいのかそうか分かった。
ワタルさんは苦笑いを浮かべていた。言葉が分からなくても、リオルの動作で大体分かったようだ。

「すまない、抱き方が下手なのかな……」

確かにワタルさんの抱き方は下手だった。いや、下手というよりぎこちない。
ワタルさんが持っているのは、きっと大型のドラゴンタイプのポケモンばかり。小さいポケモンを抱っこするのは久し振りだったんだろう。

「もうちょっとこう、腕を全体的に回して、膝の裏と背中に……そう、いい感じです」

ワタルさんの腕の中でバタバタと動いていたリオルの動きがゆっくりと落ち着く。リオルの呼吸が寝る時の深いものに変わった。
ワタルさんがほっとした。

「ユリちゃんは小さいポケモンの扱いに慣れているんだね」
「しょっちゅう抱っこしているので。私も好きですし」
「そうか……」

あれ?
ワタルさん、ポケモンを抱っこしないのかな?
温かいしふかふかだしもふもふできるしふかふかできるし、たまにしつこいからやめろってパンチ喰らうけど、もふもふできるのに。

「俺はこうしてポケモンを抱え上げた事は数えるほどしかないな。俺の手持ちのポケモン達は抱え上げられる体重じゃないし」
「まあ……そうですよね」
「けど、あいつらが進化する前に抱え上げた事も無いような気がする」
「……そうなんですか?」

ここは流すべきか会話を続けるべきか。悩みながらも続行を選んだ。下手に流したら逆に失礼かもしれない。
ワタルさんは優しい顔でリオルの寝顔を見つめていた。

「昔はそういう事なんか全く考えなかった。強くなるのに必死でね。……あいつらもミニリュウやタツベイの時があったんだよな……」「カイリューとボーマンダですか」
「ああ。……俺はドラゴンタイプが好きなんだが、って、知っているか。……ユリちゃんは、これ一つって決めているタイプはあるかい?」
「いえ、特に」

強いて言うなら全てのポケモンが好きだ。毒タイプも、いかつい顔のポケモンも。
ミロカロスやロズレイドに、サーナイトやキレイハナみたいな綺麗どころも多いけどね。うん。

「ああそうだ、ユリちゃん」
「はい?」
「差し支えなければ、でいいんだ。話してみてくれないかな。――フスベジムに挑戦しない理由を」


 

 
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