御客人が訪れた時、どんな対応をすればいいんだろう。
ホームドラマとかで見る場面だと、いらっしゃいと出迎えて、居間に上げて、御菓子を出して……。
出迎えて御菓子を出せばいいのか。
その御菓子は何が最適なのか。
キッチンにある適当なやつでいいかな。
もし夕方の時間帯に来たなら、夕飯も勧めた方がいいのかな。
というか何時に来るのかな。
どうしよう……。

「あ……御免、何でもないよ」

私の斜め前で薬研で木の実をゴリゴリと磨り潰しながらルカリオが鳴き声を立てる。
私はハタハタと手を左右に振った。
部屋に備え付けのキッチンで作ったポフィンを保存容器の中に入れて冷蔵庫にしまう。
今日の分の作業はこれで終わり。
今、ルカリオが磨り潰しているのはポフィンの材料の余りだ。
薬用は無い、ただ甘みが付いているだけの滓だけど、何かに使えるかもしれないから。
ルカリオが作業を終えて、粉状に磨り潰した滓をタッパーに入れて保存用の棚に並べる。
単調な作業をルカリオは流れるように行ってくれた。

「有り難う」

いつもの事だけど、本当にそう思う。
ルカリオは頷いて、身に着けていたエプロンを外してハンガーラックにかけた。
部屋のドアノブに手をかけて、診療所の方じゃなく、その逆の住居スペースの方を指差す。
先に戻っているよ、という意味だ。
ルカリオは面倒見の良い兄貴分だから、そこに住む小さいポケモン達もきっと待っている。
私は頷いた。
ルカリオが廊下に出て、音を立てないようにそっとドアを閉める。
微かにルカリオが去って行く足音。
私もエプロンを外してハンガーラックにかけた。
ルカリオのエプロンは、当たり前だけど私のエプロンと比べて随分と小さい。
カーテンを閉める。
夕日の光が遮断され、部屋の中が薄暗い闇に満たされる。
さっきまでロズレイドが観ていたテレビは、とっくに電源を切られてしんと静まり返っている。
私が部屋に戻った時、部屋にいたのはルカリオだけで、ロズレイドは丁寧にテレビの電源を消してからどこかに行っていた。元から少し気紛れな性格だし、診療所の敷地内にはいるだろうから、大丈夫だ。
部屋を出て、ドアを閉める。
ベルトホルダーから鍵を取り出して施錠。
ドアノブを掴んで回して、がちりと重い感触がするのも確認。よし、と一息ついた。
今日の作業は終わった。
あとは夕飯……私と兄の夕飯に、ポケモン達の御飯。その後は御風呂。ポケモン達のブラッシングに明日の作業の確認。
やる事はたくさんある。
けど、この診療所には入院しているポケモンはいないから、入院しているポケモンがいるポケモンセンターの方は更に忙しいんだろう。
この診療所はポケモンセンターと連携していて、準ポケモンセンターのような扱いになっている。
だからこそ、一応は資格を持って許可を得ているとはいえ、ポケモンセンターでは扱っていない、私の処方した薬を扱う事ができる。
――そういえば次のポケモンセンターからの査定はいつだったっけ……。
ぼんやりと考えながら鍵をベルトホルダーに戻して、廊下の奥に向かう。
スタッフオンリーのプレートがかかったドアばかりの廊下の、更に奥。
やっぱり似たような感じでスタッフオンリーのプレートが提げられたドアを開けると、そこから先は、私と兄と、一緒に暮らすポケモン達の住居スペース。
白で統一した診療所とは裏腹の、木造の壁が広がる、家というよりはログハウスやペンションのような雰囲気の家だ。
兄の意向で、仕切りの壁や段差は無く、キッチンから広い居間までが一目で見渡せる構成になっている。
システムキッチン。長大な木製のテーブルが置かれた食堂。カーペットが敷かれ、大型テレビとソファがある居間。畳が敷かれた和室。パズルマットが敷き詰められ、室内用のジャングルジムやボールハウスが置かれたポケモン年少組の部屋。
壁が無いから、家の隅から隅まで良く見渡せる。
いくつもの部屋をごちゃごちゃに繋げたような無茶苦茶な構図。
普通の住宅とログハウスと保育所が合体したようなデザインの家。
兄の夢と、我儘の結晶だ。

「……ん、リオル」

ズボンの裾を小さな力でつんつんと引っ張られる。
見下ろすと、そこにいたのはリオルだった。
パチリと目線が合うとニパッと微笑んで、私に向かって腕を伸ばす。
――抱っこ、かな。
私が腰を屈めて、それ、と一息に抱き上げると、リオルはきゃっきゃとはしゃいで喜んだ。
可愛い。
よしよしと頭を撫でると、さっき別れたばかりのルカリオがやってきた。
このルカリオは、リオルの兄貴分だ。多分、リオルを追って来たんだろう。
腕の中のリオルが甘えて私の頬に頬擦りをする。可愛い。もうすっごい可愛い。
半ばメロメロになりながら私はキッチンに向かった。

「リオル、寝ちゃ駄目だよ。これから御飯だからね」

ポンポンと背中を叩いて起こす。
うつらうつらしていたリオルがハッと目を開けた。
キッチンに着く直前にルカリオに預ける。
ルカリオはしっかりとリオルを抱きかかえてくれた。
――何が残ってるかな。
人間用の食材を詰めた冷蔵庫を開ける。中をチェック。
診療所にいる人間は私と兄の二人だけで、家事全般は私の担当だから、冷蔵庫の中身は把握している。夕飯のメニューも、もう大体は決まっている。
今夜はカレーにしよう。
具材はじゃがいもと人参に玉葱に……あれ、じゃがいもが多い。冷凍庫の奥にひっそりとあった。手前には昨日に買ってきた食材。
私のミスだ。
じゃがいもを消費しないと。だったらポテトサラダも作ろうかな。それじゃ胡瓜とかも切らないと……。
うーん。
サラダまで作るのは面倒臭い。
いっそ、じゃがバターにしてしまおうか。
じゃがいもをふかしてバターを付けて終わり。
カレーとの組み合わせは……微妙かもしれない。でもまあいいや。食べるのは私と兄だけだし。
材料を取り出して、俎板と包丁を水でさっと洗う。
と、私の所にサーナイトが来てくれた。
手を洗うと、ピーラーを使ってじゃがいもの皮を剥き始める。
手伝ってくれるらしい。

「有り難う」

サーナイトが私の方を向いて、笑顔でこくりと頷く。
背後の居間からは、テレビの音と、それを見てはしゃぐポケモン達の声が聞こえてきた。
カウンターを挟んだテーブルの上で、ルカリオやキレイハナがポケモンフーズの袋を開け、スプーンで適量を掬い取って皿に分けていく。
兄貴分とお姉ちゃんの元に小さなポケモン達が寄ってきて、御飯御飯とはしゃいでいる。
他の小さなポケモン達はロズレイドやゲンガーと一緒にテレビを観ている。
バラエティーでも観ているのか、歓声が上がった。
平和だ。
平穏だ。
あったかい。
サーナイトと一緒にカレーを作り終えた頃、兄が帰ってきた。

「ただいまぁー」

お帰りー! と小さなポケモン達が兄さんの元へ群れで走って飛びつく。
兄さんは呑気に笑って受け止めていたけど、元より腕力があまり無い兄さんが耐え切れるわけもなく。
兄は後ろにすってんころりと転倒した。
それでも、あははと笑ってポケモン達を抱き締め、優しい笑顔を返していく。
いつも通りだなあと暢気に考えていると、ルカリオが肉球で拍手の音を作った。兄に飛びついていたポケモン達が名残惜しそうに兄さんから離れる。
ルカリオは頼りになるなあと暢気に思っていると、サーナイトが二人分の食器を出して御飯とカレーをよそい始めた。

「御免、サーナイト、それ私達の食事なのに。……ボーっとしていて御免」

いいからこれテーブルの上に並べて下さいな、とカレーをよそった皿を手渡された。
――あ。じゃがバター……。
ヤバい。サーナイトに言い忘れた。作り忘れた。
あのじゃがいもは明日まで保つだろうか。
芽が出ないといいんだけど。



食事が終わると、今度は御風呂だ。
御風呂は当番制。
小さいポケモン達が三つのグループに分かれる。
一つのグループがルカリオと一緒に浴場に行って、他の二つのグループはテレビを観たり遊んだりとまったりし始める。
サーナイトは室内用ジャングルジムで遊ぶポケモン達の面倒を見ていて、兄はソファに座ってテレビを観ている。私はキレイハナと一緒に、食後の食器やら皿やらを洗った。
手早く終えて、蛇口の水を止める。
濡れた手を布巾で拭いた。
キレイハナが台からぴょんと降りる。

「キレイハナ、私もあとで一緒に御風呂に入っていい? 今日、洗いっこしようよ」

キレイハナは笑顔で頷いてくれた。
キレイハナが御世話する第三グループは、今週は御風呂の順番が一番遅い。
それまでゲンガーと将棋でもしようかな、と思って、ふと肝心な事を思い出した。
来客。
明後日に。
一応は診療所の主なんだから兄さんに言った方がいいかな。
でも、ここに来て、別の場所でお茶をすれば……いや、ここに来てくれるんだからその考えは失礼かな……でもここは診療所だから騒がしくはしちゃ駄目だし。
どうしたものか。
――あの二人はどうしたいんだろう?
何時頃に来るかさえも決まっていない。
まずはそれを教えてもらわないと。
あの二人の内、居場所がすぐに分かるのは……やっぱり、チャンピオンの方……だよね……。
よし。
明日、ポケモンリーグに行ってみよう。
会えなかったら、明日はずっとスタンバイしておこう。



御風呂に入って、キレイハナと洗いっこをして、髪もサーナイトに乾かしてもらえて、心も身体もほかほかほくほくで大満足できた。
室内着の上に、私は上着を着込んだ。

「ねえ、ルカリオ」

ルカリオは最初に御風呂に入ったから、小さいポケモン達の寝支度も整え終えて、今ちょうど手が空いている。
夜の散歩に行かないかい、と誘うと、ルカリオはいいよと頷いてくれた。
けど、女の子のサーナイトが眉根をぎゅっと寄せて懸念を表してくれた。
止めはしないので、早く帰ってこいって意味だろう。
二十分以内には必ず帰るから、と言って、家を出た。
ルカリオと一緒に、誰もいない夜道を歩く。
空は宵闇。
月と星。
どこからかホーホーの鳴き声が聞こえてくる。
整備不良なのか電池が切れているのか、夜道に浮かぶ電灯はチカチカとフラッシュのように瞬いていた。
ルカリオがこっちに目線を向けてくる。
どうして夜の散歩に? と尋ねているんだろう。
分かるというよりは、この状況から読むとそれしかない。

「何となく、だよ。たまにはルカリオと一緒にのんびり歩きたいなって、ふと思ったんだ」

兄さんは完全にインドア派だけど、私は色々と旅をしてきたから、たまに身体を動かしたくなる時がある。
走るのは、体力があっても疲れるけど、散歩はのんびりと気儘に歩けばいいから好きだ。
朝や夕方に散歩をするのもいいけど、夜はまた違う。
夜に活動するポケモン達の鳴き声がうっすらと聞こえてきて、独特の雰囲気があって――。

「……あれ?」
「――やあ」

何か足音が近づいてくる、と思ったら、今日の昼に会ったチャンピオンだった。
あの女の子は傍にはいない。
何でチャンピオンがこんな所に?

「また会ったね」
「ええ……」

私のとげとげしい態度とか雰囲気とかは察しているだろうに、笑みを崩さない。
大人の余裕というやつか。

「こんな時間に、どこに行くんだい?」
「御散歩です」
「……ルカリオが一緒にいるとはいえ、危ないだろう」

大丈夫です、と言おうとしたら何故か隣のルカリオが全力で何度も首を縦に振っていた。
人間に例えると……そうですよね、そうですよね、とでも言っていそうな雰囲気。
何だよー、さっきは御散歩に誘ったら頷いてくれたのに。
って思ったら、ルカリオに半目を向けられた。
敢えて翻訳するなら……俺が断ってもどうせ行くだろうし、という感じ。
大丈夫だよ。防犯ブザーは持っているから。草むらには近づかないし。

「あ、そうだ。明後日――、……あ、今、御時間は大丈夫ですか?」
「え?」
「明後日の事でお伺いしておきたい事があるんです。お急ぎなら、明後日の何時頃に来るか、それだけを教えて下さい」
「……ああ、明後日か」

得心したように頷かれる。
まさか忘れていた?
いや別にいいけど。
――あれ? でもチャンピオンって忙しそうだし……。
来訪するよ、というのは、あの女の子に合わせた御世辞だった、とか?
もしかしたら、それを前提に置いて流すべき部分だったのかもしれない。

「あの」
「君の手が空いている時間帯はいつなんだ? それに合わせよう」
「え」
「? どうかしたかい?」

あれ?
本気で来る気?
……あ、分かった。今は忙しくないんだね。
よし分かった。
向こうは本気で来る気。
なら、こっちも招き入れるつもりで話を進めなきゃ。

「私の手が空いている時間帯……というと、実は診療所を閉めた後なんです。午後六時以降になるんですけど……」

あ、でも家は微妙だ。小さいポケモン達が一杯いる。
どうしたもんかなあ。
いいや、もう相手にズバッと決めてもらおう。

「二つのコースがあります。A、我が家で小さいポケモン達にもみくちゃにされながら一緒に夕食を食べてまったり。B、外食に行ってのんびりとお話をする。どちらにしますか?」
「Aで」
「え」

あれ?
てっきBだと思ったのに。
即答。何故?

「何だい? 君から言い出した事だろう?」

チャンピオンが悪戯っぽく微笑む。
何か不思議だ。
そういう表情をすると、チャンピオンじゃなくて一人の男の人に見える。
いや、この人は男性で大人なんだから当たり前のはずだけど。

「……あの女の子は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。むしろ俺としてはこれを機に、色々なポケモンを見せて、触れ合ってもらいたいと思っているんだ」
「うちには小さいポケモンが一杯いますよ。御客人なんてとっても珍しいからもみくちゃにされますよ」
「構わないよ。むしろ、最近はそういう機会も全く無くてね」

チャンピオンにもストレスか……それを、うちのポケモン達と触れ合う事で晴らそうと。
ふむ。
確かにうちは診療所だ。
ポケモン専門ではあるけれど、逆にそのポケモンと触れ合う事で人間のストレスが解消できるのなら。

「分かりました。では午後六時半に来て下さい。御夕飯は何がいいですか?」
「……夕食までいいのかい?」
「先程にAと答えたじゃないですか」

それより遅い時間帯に来られると、御風呂だの寝支度だので忙しいから逆に困るし。
御客人がいるのに私と兄の二人だけ夕飯を食べるっていうのも、招く側としてはどうかと思うし。

「君に任せるよ。特にアレルギーや嫌いな物は無いから」
「分かりました」

まあ御客人らしい答えだ。何でもいい。
でも、確かにそう答えてもらわなきゃ困る。こっちだって材料の都合とかあるし。
明日の内に用意しておかないとな。

「……何だか、君と呼ぶのも奇妙な感じがするな」

ふと、チャンピオンが苦笑を零した。
言葉の意味が良く分からず、私が小首を傾げると、チャンピオンが大人びた笑みで言った。

「まだ、君の名前を教えてもらえていないな、と。それに何だか君も、――敢えて俺の事を名前で呼ばないようにしているような気がする」

ズクンと心を刺されたかと思った。
大人の人だ、と思っているのに、痛い所を容赦なくついてくる。
気のせいですよ、なんてはぐらかすのは……無理だ。怖い。はぐらかしたら第二の言葉が来そうで。
この大人の人に真っ向から口車で勝てるほど、私は口達者じゃない。
どちらかというと根暗な方だし。

「――ユリといいます。……ワタルさん」

その口車を回避したくて呟いてみると、ワタルさんが破顔した。
意外なほど、子供っぽい笑顔だった。

「じゃあユリちゃん、また明後日に」

にこ、と微笑んで。
夜風に棚引くマントの音が響く。
すらりと背丈の高い身体が横を擦れ違う。
足音が遠ざかって、聞こえなくなる。
フスベの人。
フスベ出身のチャンピオン。
残り香のように中空に漂う圧倒的な気配が鼻孔をくすぐる。
――フスベの人……。
つん、とルカリオが私の服の裾を引っ張った。

「……うん。帰ろうか」

何だったんだろう、あの子供っぽい笑顔。
大人のくせに。
子供じゃないくせに。
変に無邪気で、子供っぽい笑顔を浮かべて。
――何であんなに、名前にこだわったんだろう……。
考え事をする私に気を遣ってくれたのか、帰路の途中、ルカリオはずっと無言でいてくれた。



帰宅すると、時間は三十分を過ぎてしまっていて、サーナイトとキレイハナの雷がズドンと落ちた。
言葉は通じなくても怖い。
雰囲気で圧迫させられるままに正座をして、ガミガミと説教をされた。
足が痺れて痛くなったけど、それ以上に申し訳なさで心が痛い。
身体も心も痛みで一杯なのに……それなのに……どうした事だろう。
私の身体の奥の奥、心の奥の奥が、不自然な感じにズクリと動いたような、そんな奇妙な感触がした。
 

 

 
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