急いで表に出て庭に回ると、チャンピオンと女の子はそのままの場所でちゃんと待ってくれていた。
女の子の顔が明るくなって、お姉ちゃん、と呼ばれる。
お姉ちゃん、か。
何かくすぐったい。

「ここでポンポンを落としたの?」

女の子の前で、膝を折って目線を合わせて尋ねると、女の子はこくんと頷いた。
ポンポンか。
髪に付けていたって事は、匂いも付いているはず。
うん。

「大丈夫」

女の子の頭を撫でる。
大丈夫。
私はガーディを呼んだ。
忠実な性格のガーディはすぐに来てくれた。
尻尾をぶんぶんと振って、目をキラキラと輝かせている。
可愛い。
すんごく可愛い。
あとでハグだ。ハグ。うん。
今のこれを片付けよう。
私は女の子の手を取って、ガーディの鼻元に近づけた。

「この子の匂いがする物を探して。ポンポン。ふわふわした丸いやつ」

ガーディがくんくんと匂いを嗅ぐ。
そして離れて大気中の匂いを嗅ぐと、すぐにタッと駆け出して行った。

「ここにいて下さいね」

二人に言って、私も後を追う。
ガーディは草の上を踏み締めながら軽快に走って行く。
そして、不意に立ち止まった。
私の方に振り向く。
私が見ると、ガーディの足元に確かに、ぽとりとポンポンが落ちていた。
そういえば、ここはさっきミニリュウを見つけた所の近くだ。
私はポンポンを拾い上げた。
淡いピンク色の丸い髪飾り。
間違いない。

「有り難う」

ガーディの頭を撫でると、ガーディは嬉しそうに目を細めて尻尾をぶんぶんと振った。
可愛い子だ。
本当に可愛い。
抱き締めてうりうりしたいけど、後にしないと。
ポンポンを持って戻ると、二人はちゃんとそこにいてくれた。
ポンポンを渡すと、女の子は喜んでくれた。

「お姉ちゃん有り難う!」
「どういたしまして」

何だか今日は濃密な日だ……。
まだ夕方なのに疲労を感じながらも笑みを作ると、女の子がツインテールの左の方のヘアゴムを解いた。
髪がさらさらと肩に落ちる。
小さい女の子だからか、髪質はさらさらで綺麗だ。
この年頃の女の子なら、親御さんが結んだんだろう。
良く見れば服も結構高そうな物だから、もしかしたら、いい所のお嬢さんなのかもしれない。
やっぱり……フスベ出身、なのかな。

「……え? どうしたの?」

その女の子の目に、何故かじわりと涙が浮かぶ。
女の子の手の中にはヘアゴムとポンポンがあった。
元は一つの髪飾りだった二つは、今は完全に分かれてしまっている。
悲しい……のかな。
親御さんにねだれば、女の子だから髪飾りくらい買ってもらえそうだけど。
でも、右の方は何ともないのに、左の方だけ台無しになって。
そこにはきっと、親御さんに髪を結んでもらった記憶や思い出もある。
ヘアゴムとポンポンの髪飾り、か。
まあ直せない事は無いけど……。
親御さんがきっと新しいのを買ってくれるよ、うん。

「ポンポン、取れちゃった……」

女の子がぽろぽろと涙を零す。
仕方ないな。
私は横の窓を開けて、室内のルカリオにタオルを持ってきてと頼んだ。
私が戻ってきたら作業を再開しようと思ったんだろう、ルカリオはテーブルの上にポフィンやポロックを作るのに必要な器具を広げていた。
ルカリオはすぐにタオルを持ってきてくれた。
有り難うと伝えて窓を閉める。
女の子にタオルを渡すと、女の子はそれを素直に受け取った。
目元の涙をタオルで拭う。
その仕草には何となく気品があった。

「大丈夫。きっとお母さんが直してくれるよ」

チャンピオンが女の子の背中に手を添えて、優しい声で語りかける。
女の子はこくんと頷いた。

「……有り難う。お姉ちゃん、ガーディも」

私の足元でお座りの状態で大人しく控えているガーディが小さく鳴く。
可愛い。
後でハグ。絶対に。うん。

「帰ろうか。――すまなかったね、二回も迷惑をかけた」
「いえ」

いいよもう別に。
入って欲しくないのは事実だけど、悪意があったわけじゃないしな……。
二人に気づかれないように溜息をつく。
と、傍らのガーディがすっくと立ち上がった。
どうしたの、と尋ねようとすると、角からひょっこりとハピナスが現れた。
ポケモンドクターの兄の助手を務めてくれている子だ。
普段は室内なのに、何で外に?
私の疑問に答えるように、ハピナスがとことことこっちに来た。
両手に。
にょろりと、細長い体型のポケモンを持って。

「……ミニリュウ?」

私がぽつりと呟くと、女の子が駆け寄って、ハピナスからミニリュウを受け取った。
ミニリュウはにゅるりと動いて、ハピナスの手元から女の子の首元へ移動する。
つまり……このミニリュウ、ここで二度もトレーナーの手元から離れたって事?
このミニリュウ、モンスターボールに入れられてないのかな。
あるいは脱走の癖でもあるのかな。
そういう癖はちゃんと幼い内に躾けておいた方がいいんだけどな。

「ねえ。そのミニリュウ、いつも脱走するの?」
「ううん。いつも私の傍にいるよ」

女の子の首にマフラーのように巻きつくミニリュウが私を見る。
眼差しには、特に悪意のような色は見当たらないけど……。
ミニリュウをじっと見つめる。
ミニリュウの眼の色は変わらない。
けど、どうして見つめてくるの? って問い返す事も無い。

「あのね、このミニリュウね、私の大事な友達なの」

にこにこと衒い無い笑みで女の子が語りかけてくる。
ミニリュウは不思議な眼差しのまま。

「私が赤ちゃんの頃にね、ミニリュウが私を選んだの。だから私とミニリュウはずっと一緒なの。ミニリュウが最初のポケモンなんだよ」
「そうなんだ……」

女の子の年齢は、見た感じ十かそこらといったところ。
確かにポケモンを持つには適齢期って言えるけど、……ん?
赤ちゃんの頃に、ミニリュウがこの女の子を選んだ?
どういう事?
首を捻っていると、チャンピオンが説明してくれた。
女の子の頭に掌を置いて優しく撫でながら、

「フスベの者はドラゴンタイプのポケモンと共に在る。この子はフスベの中でも取り分け古く歴史のある家柄に産まれてね。子供が産まれたら一種の儀式を行うんだ」
「儀式?」
「儀式って言うと大仰だけど、進化前のドラゴンタイプのポケモンと赤子を一緒に寝かせるんだ。そこでポケモンが懐く素振りを見せたら、その子はドラゴン使いとしての素質有りって判断を下される。まあ一種の恒例行事のようなものでね」
「へえー……」

素質無しって判断されたらどうなるんだろ……という疑問は飲み込んだ。
それに、それ以上突っ込んで関わる必要も無いし。
というか……フスベって変な儀式やってるんだな。
私自身はフスベに立ち寄った事は無いから、そういうの全然知らなかった。
フスベの事とかは、本や雑誌で読んだり、旅の途中でジムリーダーとか他のポケモントレーナーとかに聞いたりした事はあったけど。

「ねえねえ、お姉ちゃんの故郷はどこ?」
「え? えーと、マサラタウン」
「マサラタウン? それってフスベシティの近く?」

女の子が小首を傾げて尋ねる。
別の地方の地名を聞いたのがそんなに珍しかったのか、チャンピオンが軽く目を見開いていた。

「結構遠い所から来たんだね」
「ええ、まあ」

私が産まれる前、両親と兄は各地を旅して回っていた。
その途中で母が産気付いたので、途中で一番近くのマサラタウンに近寄り、そこで私を産んだ。
そう聞いている。
だから私の出身地はマサラタウンだ。
私と兄は今はこうして町外れの所で診療所を開いているけれど、両親はマサラタウンに定住して……あれ?
私と兄が独立してからはまた旅を始めたんだっけ?
でもマサラタウンに確か家があったよね?
……まあいいや。
あの人達はあの人達で気儘にやっているだろうし。

「マサラタウン、か」

チャンピオンが呟く。
何だろ。マサラタウンに何か私情でもあるのかな。
てか、そういえば……ここってフスベからは遠く離れているのに、チャンピオンはともかく何でフスベの女の子がこんな所にいるんだろ。
いや、チャンピオンもポケモンリーグ本部から離れていいのかな。
何だこの二人組。
謎だらけだ。

「あ……」

ふとハッとした。
喋りすぎだ。のんびりしすぎ。
いつの間にか空が夕焼けの色に染まっていた。
窓から室内を見ると、ルカリオがこっちを見ていた。
ルカリオがテーブルの上の器具を指差す。
今日はもう作業はしないのか、って尋ねてくる。
うああああああ。
ルカリオが待ってくれていたのに……!

「すまない。長居しすぎた」

チャンピオンが苦笑いしてくる。
私とルカリオを見て現状を察してくれた、らしい。
私もここまで延びるとは思わなかった……。
最初はさっさと帰らせるつもりだったのに。
ミニリュウが女の子から離れて、女の子とチャンピオンがミニリュウを探しに入ってきて、ミニリュウを見つけたら今度は女の子がポンポンを落として、ミニリュウもまた離れて、それで私がポンポンを見つけてハピナスがミニリュウを連れてきて……。
何か大半、女の子とミニリュウのせいじゃない?
てか何だこのミニリュウ。
トレーナーから離れてばっかりじゃないか。
当のミニリュウは女の子の首元で、何か超然とした眼差しで私達を見ている。
何か……何となくだけど、何か偉そうで何か腹が立つ。

「俺達はそろそろおいとまするよ。迷惑をかけて悪かった」
「ああ、いえ」
「お姉ちゃん、まだ遊びに来てもいーい?」
「いやここ、遊ぶための場所じゃないから」

女の子がきょとんとした。
何だその反応。
ここは公園や遊技場じゃないぞ。

「ここは診療所だから、遊べはしな――」
「その子が言いたいのはそういう事じゃないんだ」

チャンピオンが割り込んできた。
女の子がこくこくと頷く。

「君に会うためにまた来てもいいか、と尋ねているんだ」
「お姉ちゃんあたま悪いー」
「え、あ、な……」

いや確かにこの場合は私が悪い。
悪いけど。
けど。
何で初対面の女の子に頭が悪いって言われなきゃならないんだ……!
フスベの子ってみんなこんな風に上から目線なのか!?
それともこの子が特別にちょっと偉そうなの!?
分からん!

「いつなら来てもいいかな」
「え? ええと……明後日なら」

明日に作業を詰めて、その分の時間を作る事はできる。
けど何でチャンピオンがそれ訊くの。
まさか来る気だろうか。
……いや、まさか。
まさかね。

「じゃあ、また明後日」
「ばいばい、またねー」

フスベの二人が去って行く。
ばいばーい、と手を振って見送ってから、ふとハッとなった。
明後日に、来客。
私に。
……もしかしたら、人生で初めてかもしれない。


 

 
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