診療所に戻る。
待合室は、確かに混雑していた。
ごった返しているというほどではないけれど、六つあるソファはどれも埋まっていて、不安そうに自分のモンスターボールを持ったトレーナー達が診察の順番を待っている。
この辺りにポケモンセンターは無い。
だから兄はここを選んで、古くなっていくだけだった建物を土地ごと買って、診療所に造り直した。
この辺りに人は少なくて、宣伝なんて全くしていない。
週に一回、私が薬やら何やらを作って、近くの町まで行って売っている程度だ。
そこでもここの診療所の事は言っていないし。
だからお客さんは少なくて、リピーターの人が多い。
待合室を見渡すと、みんな知っている顔ばかりだった。
順番を待っているトレーナーに、ラッキーが紙を留めたボードとペンを差し出す。
待っている間、ポケモンのおおよその病状や怪我の具合を書いてもらうのだ。
もう慣れているトレーナーはラッキーからボードとペンを受け取り、さらさらと記入していく。
病気のポケモンはボールから出してもらって、ラッキーが体温計を使って熱を測る。
怪我のポケモンは、軽めなら別室に移動してもらって、ラッキーがその場で治療してしまう。
場合によっては、順番を入れ替えて。
待合室には雑誌や新聞を詰めたラックとテレビがあるから、それで時間を潰して待ってもらう。

いつもの診療所の光景。
兄が提案して、私が夢見た、一つの結晶。
ぼんやりと眺めていると、不意に袖を引っ張られた。

「何? ……あ、有り難うロズレイド」

ロズレイドとルカリオが私の籠を持ってきてくれていた。
ミニリュウを見つけたあの時、つい地面の上に置いて、そのまま置き忘れたんだった。
二匹から籠を受け取る。
私が診療所の奥に行こうとすると、二匹もぴったりとついてきた。
可愛いな本当に。
ポケモンって本当に可愛い。

「お姉ちゃん変な顔ー」

待合室のソファに座っている子供が私の顔を指差して言った。
こら駄目でしょ、と親が窘める。
慌ててキリッと表情を引き締め、スタッフオンリーの札がかかっている部屋のドアを開けた。
二匹が室内に入ったのを確認してからドアを閉める。
テーブルの上に籠を置いた。

「さて」

袖を捲って室内の水道で手を洗う。
ここは私が主に使う、木の実や薬草を調合する部屋だ。
ここで作った薬とかを、この診療所のカウンターで患者のポケモンに渡したり、たまに町に行って売ったりする。
手伝ってくれるルカリオも、人間用の水道より低い位置にある、ポケモン用の水道でしっかりと手を洗った。
ロズレイドは、と目で追うと、ロズレイドは両手を掲げて見せて、ふるふると首を横に振り、部屋の一角に据えられたテレビの前まで椅子を持ってきてトスンと座り込んだ。
リモコンを持って電源を点ける。
パッと画面が明るくなって、バラエティー番組の笑い声が流れ始めた。
ロズレイドが背中を淡く震わせて、楽しそうに笑い始める。

「え? ……ああ、成程ね」

自分の両手は細かい作業には不向きだから、テレビを観ているよ、と。
成程ね。
確かにまあ静寂の中で淡々と作業をするのはつまらないから、私もテレビを付けてBGMとして流しているけど。
ああ、それを知っているからか。
気が利いているのかマイペースなのか……まあいいや。

「ルカリオ、木の実の仕分けをして。いつも通り、やろうか」

ルカリオがこくりと頷く。
本当に働き者だ。
この診療所を手伝ってくれているポケモン達の中では最年長の方だけど、それ以上に、献身的で良く気の利く性格の子だ。
有り難い。
人間の私も頑張らないと。
よし、と気合を入れて、作業を始めた。
木の実を仕分けして、乾かす物は布で包んで窓から外のサーナイトに渡し、保存する物は冷蔵庫や棚に入れる。
部屋のホワイトボードを見ると、かなり雑で癖のある私の字で、補充しなきゃいけない物や優先順位の高い物が書いてある。
昨日の内に書き出しておいたものだ。
今日、作っておきたい物は九割が薬。
残りの一割はポフィンやポロック。
診療所で働いてくれているポケモン達のためのおやつがそろそろ無くなる頃だから、余力があったら作っておいて、って意味だ。
作る薬は、塗り薬に飲み薬に、色々だ。
まあ、いつもとあまり変わらない。
いつも通り、頑張るか。

黙々と作業を進める内に、テレビのBGMさえも意識に入らなくなっていく。
テキパキと動いてくれるルカリオのおかげで、今日の分の作業は滞りなく終わった。
余った材料は薬研や乳鉢で磨り潰したりして保存する。
棚の抽斗にそれをしまうと、ようやく一息つけた。
 
「お疲れ様。今日の分は終わりだよ。有り難う」

ルカリオに声をかけると、ルカリオが胸に手を当ててほっとする仕草をした。
可愛い。
ポケモンと人間は言葉が交わせないから、こうやって仕草で会話をして、意味が通じた時、とても嬉しい気持ちになる。
お茶でも淹れて一息ついて、今日は時間も余ったから、ポフィンかポロックか作ろうか。
と考えて薬缶を持ち上げた時、コンコンと、何か叩くような軽い音が聞こえてきた。
ノックの音。
だけど、ドアを叩く音じゃない。
方向は、ドアとは逆の方。
窓だ。
誰かが窓をコンコンと叩いている。
この窓の外は庭だ。
だから相手は、庭にいるポケモン達か。サーナイトかキレイハナかもしれない。
おやつの催促か、軽い悪戯か。あるいは誰かが怪我したか。
特に何も考えずにそう思い込んで、窓の方に振り向く。

「なーんーの用……、――って……」

窓の外にいたのは、ポケモンじゃなかった。
さっき会って別れたばかりの、例の女の子だった。
私と目が合うと、パアッと笑みが咲く。
けど、良く見ると、目元が赤くて、頬には濡れた跡があった。
泣いて、いる?
急いで窓に近寄って鍵を開ける。
窓を開けると、生温い外気の風が吹き込んできた。
テーブルの上、片付けておいて良かった……。

「えへへー。お姉ちゃん」
「どうしたの? というか何で玄関じゃなくてここから……」

とっても迷惑です、って態度を取っていたのに。
子供は純粋だから通じなかったんだろうか。
でも、あの保護者っぽいリーグチャンピオンは?

「やあ」

いた。
窓の真横。
ちょうど室内から見ると死角の位置に。

「何かあったんですか?」

この人には、さっき伝えたはずだ。
ここはポケモンのための場所だから、他の人は立ち寄っちゃ駄目だって。
それなのにここに来たって事は……何かあったって事?
私が尋ねると、チャンピオンは眉尻を下げて苦笑いを浮かべていた。

「度々すまない。今度はちゃんと表から入って事情を説明しようとしたんだが……」
「私のポンポン、どっか行っちゃったの!」

女の子の声。
良く見ると、女の子はツインテールの形に結んでいるけど、確かに左の髪飾りには淡いピンク色のポンポンが付いているのに、右の髪飾りにポンポンは無くて、下の黒いヘアゴムだけだった。
ここで落としちゃった、って事か。
で、女の子が引き返して、また無許可でここに入り込んで。
チャンピオンも追って引き返したって事か。
うーん……。
仕方ない。
でもまあ、ちょうど今日の分の作業も終わったから、時間もあるし。

「……そこで待っていて下さい。御二人はそこにいて。絶対ですよ。動かないで下さいよ」

ルカリオに目線を送る。
二人が動かないように見張ってて、と目線に込めると、こくんと頷いてくれた。
何だか今日は忙しない日だ。
溜息を飲み込んで、私は急いで部屋を出て、庭の方へ向かった。


 

 
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