夕日の中、真っ赤な光を浴びて、長く伸びる影が一つ。
その影を背負って帰路に着く狩屋マサキの歩みは重く、疲労感のあるとぼとぼとしたものになっていた。
いつも肩にかけているスクールバッグが、今日はやけに肩に食い込んで痛い。
途中、何度も立ち止まっては肩紐のベルトをかけ直し、逆の肩に担いでみても、疲労感は蓄積していくばかり。
疲労感を何とかする事を諦めて、とにかく進もうと歩いても、そもそも気分が重苦しいために単に歩くだけでも疲労に感じてしまう。
――風邪でも引いたかな。
空に広がる夕日の色が、何故か心に染みて痛い。
どうせ周りには誰もいないし、と盛大に溜息をつく。
すると、どこからか子供の声が聞こえてきた。
俯きがちだった顔を上げて前方を見ると、住宅が密集してほとんど車が通らない、歩道にさえ等しい十字路の道の中を、幼い子供達が歓声を上げながら走っている。
彼らもまた影を引き摺っているはずなのに、その足取りは軽く、まるで羽根でも生えているようだ。
歩みを進める狩屋がその十字路に辿り着いた頃、子供達は左の道の真ん中に集まっていた。
小学校低学年と思しき女の子が住宅の一つに入っていく。子供達がバイバイと別れの挨拶を告げる。女の子もバイバイと言いながらドアを開けて、家の方を向いて只今と大声で言った。
それを皮切りに他の子供達も散らばって、それぞれ近隣の住宅の家へと入っていく。どうやら近所の子供達同士で集まって遊んでいたようだ。
お帰り、という声が聞こえてくる。
夕飯の匂いが漂ってくる。
どこからかやってきたスーツ姿の男性が家の一つのドアを開け、入る。
元気な声で、お帰りという、子供の声が響き渡る。
それを聞いた瞬間、ガンと頭を殴られたような気分になった。
家。
家族。
帰りたい場所。
そのどれもが、かつて持っていたのに、失ったものだった。
住む場所という定義ではお日さま園がある。
学校にも通っている。
友人もいる。
部活は充実している。
けど、どうしてもピースが一つ足りないのだ。
前まではあったはずなのに、当たり前のようにあったのに、無理矢理にそれが取り払われてしまったから、外されたピースの形そのままに心がぽっかりと空いてしまった。
この空白はどうしようもない。
別に自分が不幸な子だと騒ぐつもりは無いが、それでもこの息苦しい憂鬱さからは拭えない。
また溜息をつくと、住宅街の向こうの水平線へ、太陽が沈みかかっていた。
去り際の断末魔か、地上を満たす夕日は強く眩しい。
「……また明日」
相手は人じゃないのに、と自嘲しつつ独り言を言うと、返事が来た。
「お前、誰に言ってんの?」
ぎょっとして振り向くと、いつの間にか背後に部活の先輩が立っていた。
同系色の夕日の中でさえくっきりと浮かぶピンク色の髪に、微笑みが映える端正な顔立ち。
狩屋は少し苦い気分に駆られた。
「霧野先輩」
狩屋は一つ年上のこの先輩の事が、少し、ほんの少し苦手だった。
苦手の度合なら、いつも無邪気で奔放な天馬や、全てにおいて恵まれた神童の方が上だが、何というか種類がまた違っていた。
狩屋は、霧野の、綺麗で可愛らしい顔立ちを好いていた。
それこそ、あの神童と似て、異性を虜にする甘いマスク。
一度魅入ってしまえば心を捕えられてしまう魔性。
所詮、女だったという事か、と狩屋は自分自身に呆れ返っていた。
何故なら、狩屋は霧野の顔は好きだが、それ以外の部分はあまり好きではなかった。
性格。
態度。
振る舞い。
特に、神童と似て、恵まれ愛されている者に特有の充実感や、価値観の違いを見せつけられると、一気に気持ちが萎える。
でも、霧野の微笑みを見てしまうと、微笑みかけられてしまうと、萎えたはずの気持ちが再び舞い上がってしまうのだ。
本当に、どうしようもない。
「見かけたから追いついたんだ。一緒に途中まで帰らないか?」
嬉しい。けど、嬉しくない。
ああ、でも、その微笑みには弱いんだ。
「……はい」
ああ。
憂鬱だ。