狩屋は甘い物が好きだ。
それは前々から知っていた。
が。
しかし。
「お前、そんなに食うのか?」
俺が呆れた声で言うと、狩屋は口の中の物を充分に咀嚼し、こくりと飲み下してから言った。
「おやつです」
「いや、それにしても食い過ぎだろ」
なあ? と神童に目線を向けると、その神童は唖然とした表情を浮かべていた。
視線を辿って行くと、そこには狩屋の周りに所狭しと広げられた菓子の山。
まるで駄菓子屋とスーパーの菓子コーナーが引っ越してきたような有様だ。
俺が知る限りのあらゆる菓子が大量に広げられている。
狩屋はその中から一つを摘み上げては封を破り、中身を貪り、空になった袋を丸めてゴミ箱代わりのビニール袋に入れる。
そして菓子の山から一つを取り、封を破り、中身を食い、空になった袋を丸めてビニール袋に入れ、また菓子を一つ取って……。
という事を延々と繰り返している。
既に狩屋は重箱のような大きさのタッパー二段の弁当を平らげ、別のタッパーにぎっしりと詰められていた一口サイズのフルーツの詰め合わせも完食している。
にもかかわらず、狩屋の食欲が衰える様子は無い。
「狩屋、そんなに食べちゃって大丈夫なの? お腹、壊したりしない?」
天馬が恐る恐るといった感じに尋ねる。他の部員は声も出ないのか、ひたすら呆然と狩屋を眺めるだけだ。
狩屋は板チョコの銀紙を剥ぎながら、事も無げな顔で言った。
「大丈夫だよ天馬君。俺、たまに、これくらい食べる時があるんだ」
もぐもぐもぐと板チョコを高速で頬張る。咀嚼して飲み下し、銀紙を丸めてビニール袋に放り込む。
菓子の山の中に手を突っ込み、一つを摘み上げて、袋の表面を見て中身を確かめもせず封を切って食べ始める。
ふんわりとチョコの匂いが漂った。
こいつ食い過ぎじゃないのか。
いい加減に部屋の中の空気がチョコ臭くなってきて嫌になる。
「お前、そんなにチョコ食べてるとニキビが……」
俺は言おうとした言葉を飲み込んだ。
もぐもぐもぐと邪気無く菓子を頬張る狩屋の頬は、つるんとしていてニキビの一つも無い。
何かむしろ狩屋の顔は輝いているような気がする。
「んー、美味い」
頬を緩めて嬉しそうな笑顔。
その笑顔にほだされて、他の部員もチョコ臭い空気への文句を飲み込み、諦めたように項垂れて弁当を再び食べ始めた。
狩屋は変わらずもぐもぐもぐもぐと菓子を貪り続ける。
「なあ」
「はい?」
「お前、何でそんなに食うんだ?」
こくん、と狩屋はチョコ菓子を飲み込んだ。
「ストレス解消です」
「は?」
ストレス?
毎日のようにサッカーで動き回っているお前が?
あんな激しい運動をしたら、ストレスも何も抜けるだろ。体力とか気力とかも。
「えーと、何だっけな、最初に俺のドカ食いの癖に気づいたヒロトさんか……緑川さんかな? 教えてくれました」
もぐもぐもぐもぐ、
「俺にはサッカーでもどうしても晴らせないストレスがあるって。それを解消するために、大好きな甘い物を一杯食べちゃうんだろうね、って」
「……ストレス?」
狩屋の、ストレス。
それは――。
「俺もこの癖はどうにかしたいと思うんですけど、たまにこれやらないと無意識にストレスが二乗されちゃうらしくて、サッカーする時に全力を出せなくなったり、苛々して眠れなくなっちゃうんです」
不意に狩屋が動きを止めた。
そっと掌を口元に当てる。
けふ、と、狩屋の口から軽く空気が抜けるような音が響いた。
ああ、げっぷか。
「……あー、何かやっとお腹一杯になりました。御馳走様でした」
パンと両手の掌を合わせて、狩屋は残った菓子を別の袋にもそもそと入れ始めた。
その唇の端に、菓子屑が。
「付いてる」
俺がぺろりと舌で舐め取ると、狩屋は一瞬ぴたりと動きを止めた後にカッと顔を真っ赤にした。
「な、何するんですか!!」
良かった。
いつもの狩屋だ。