一緒にいたい。
二人きりで。
もう少し近くにいたい。
触れ合って、抱き締めて、唇を重ねて。
それからもっと、先の事も。
「いい天気」
日当たりの良い棚の上に鉢を置いて、いのが笑う。
珍しい事に、さっき誤って鉢に水を注ぎすぎたらしい。それで根腐れしないようにと、ちょうど商品の鉢やポップが何も置かれていない空いたスペースに鉢を移していた。
単なる鉢なのに大切そうに持ち上げて、硝子でも扱うように繊細にそっと置く。
その目は愛情に籠もっていて、その目で見つめられる鉢と、花を、純粋に羨ましいと思った。
いのの目は花を見ているだけのはずなのに、まるで目の前に恋人がいるような真摯な熱っぽさがある。
サクラ辺りが、からかいそうだ。花が恋人なの? って感じに。
「――花、本当に好きだよな」
好き、という単語の響きだけで何かがどくりと弾んだ。
「うん」
いのはコクリと頷いた。
手入れされた綺麗な髪がさらさらと揺れ、棚引いて、ここ数年で急に大人っぽくなった顔に笑みが浮かぶ。
ここで手を伸ばして髪に触れたりしたら、どういう反応が返ってくるだろう。
驚く?
怒る?
「――何? くすぐったいって。どうしたの?」
笑っていた。
まるで御機嫌な猫のように喉を鳴らしながら、梳かれる髪越しに伝わってくる掌の硬さと体温を心地良さそうに受け止めている。
これは、幼馴染みの領域以内、と言えばいいのだろうか。
こちらの片思いを察していて、それとなく気遣ってくれているチョウジを例に挙げると分かりやすい。
チョウジは今のいのの髪を触ったりするだろうか?
答えは、否だ。
昔は互いの髪を結い合いっこしていたり、いのがふと手を伸ばしてクナイで枝毛を切ってきた事もあった。
だが、昔の話だ。
今、男女というものを明確に意識するこの年頃で、こんなスキンシップを行う理由を、考えて欲しい。
もっとも、気づかれて距離を取られても、困るのだが。
「ふふっ。なぁにシカマル、何だか今日は甘えん坊さんね」
試しに肩に顔を埋めてみても、背中に腕を回しても、抱き寄せても、いのの態度は男女のそれではなく、弟を慈しむ姉のようだ。
確かに、確かに昔は三人で川の字で寝たり、スキンシップが好きないのが抱き着いてきたり後ろから抱き締めてきたりこっちからも抱き締め返した事はあった。
まさかこれはあれの延長線と捉えられているのだろうか。
「そうね。せっかくだから今日は二人で話しましょ」
まあ、何にせよ役得だからいいか。
その日、いのが作ってくれた菓子は昔からシカマルが好きな、バターは少なめのさくさくクッキーだった。
「おいしい?」
「美味い」
「良かった」
嬉しそうに微笑むいのの顔を見て、幼馴染みという枠に収まろうとした心がまた騒ぎ出す。
心に火が灯って熱くなる。
一度始まった恋とは、終わらないものらしい。
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