あの一件、あの騒動があって以来、互いの間にあった、淀みや壁や隔たりという物がふっと消えた。

 以前より連携が良くなったし、ネジに至っては大分表情が緩くなった……とリーは思う。

 まだヒナタが接してくるとぎこちない態度を見せているが、前よりは慣れているようにも見える。

 その内、無邪気に兄と慕ってくるヒナタに対しても、笑みで受け答えできるようになるだろう。

 その変化をもたらしたのが自分達チームメイトではないというところが若干ながらに悔しいが、しかし本人が自らの変化を受け入れているのだから、感謝すべきなのだろう。

 うずまきナルト。あの少年に。

「……む」

 目に前髪が当たって痛い。包帯を巻いた指で痒みの浮かんだ瞼を擦ると、ちょうど自分の修業に一区切りを付けたネジが「どうした」と声をかけてきた。

「前髪が伸びてきたようで……そろそろ切らなければ」

「……ああ、いつもテンテンに頼んでいる」

「ええ。しかし、そういえばテンテンは今日は任務で不在でしたっけ……」

 どうしましょう、と悩んでいると、ネジの気配が目の前まで近づいてきた。

「切ってやる」

「え?」

「鋏は無いからクナイでいいな?」

 と続いて鋭い刃物を出す気配が伝わり、リーは思わず身を硬くした。

 ネジが後ろに回り、リーの側頭部に手を添えて「もう少し頭を上げろ」と言う。リーは促されるままに頭を上に持ち上げた。

 どうしましょう今のこれは白昼夢なんでしょうか、と思い悩んでいると、首筋にかかっていた髪の一部が切り落とされた。

 テンテンと比べると慎重な、丁寧な手つきで髪が切り揃えられていく。

 ――あのネジが構ってくれているという事は、これ即ち何かの天変地異の前兆なのでは!?

 と、全身を硬くしながら内心で叫ぶ。

 ついでにガイ先生どうしたらいいですかと呟くも、いつも青春青春と賑やかな頼れる担当上忍はここにはいない――いやもしいたとしても「青春だぁ!」の一言で済ませるかもしれないが。

 二人の間には沈黙しか無く、微量な髪がクナイによって削ぎ落とされる、軽く浅い音しか流れない。

 ――気まずい! 気まずいですよこれ! どうしたらいいですかね!?

 と思っていると、不意に首筋にひんやりとした物を感じた。

 何ですかこれと思った直後に気づく。ネジの指だ。

 彼と自分は良い意味でも悪い意味でも対極と思っていたが、平均体温までも対極らしい。冷え性なのではと心配してしまうくらいに冷たい指先だった。

 ――しかし……手際が良いですね、意外にも。

 体温が通わずひやりと冷たい指先は、細かく器用に良く動いている。

 毛先を抑えて長さを確かめ、リーのいつもの髪型になるよう、少しずつ少しずつ手元のクナイで髪を削ぐ。

 思えば昨年のナンバーワンルーキーだし、元より何でもできる質なのだろう、テンテンとほぼ遜色の無い器用さだった。

 あるいは、以前は我関せずといった風ではあったが、本当は自分達の事を遠巻きに観察していただけなのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ネジの気配が離れた。

「前髪、切るぞ」

 横を回って前に来たネジの指で、つい、と顎を持ち上げられる。

 柔拳という指先を酷使する技を使うのに、その指は冷たくも細く長く優雅で、更には育ちもあるのだろう上品さを感じさせた。

 ネジの指が前髪を挟み、長さを確かめ、クナイの刃の部分を上手く斜めに傾けて髪を切っていく。

 時折、切った前髪を眉毛の所に押しつけ、長さの具合を見て、また持ち上げて切り――という集中力を伴う作業で無防備に晒されたネジの顔は、この上も無く綺麗だった。

 男にしては色白で――前にテンテンが日焼け止めのメーカー教えてと言ったら何も使っていないと答えていた――耳から零れた髪もさらさらで――前に山中いのという一期下の下忍がシャンプー教えてと言ったら木ノ葉一安価なメーカーの名前を挙げていた――汗の匂いなんて微塵も無く――制汗剤どこのを使っていますかとヒナタが話題の一環で言ったら使っていませんと言っていた――目鼻立ちもすっと美麗で整っていて、男臭さは一切無く、それでいて頼りない幼さというわけではなく、一種の大人びた気品すらある。

 釣書を見た女性は間違いなく魅入るだろう。それくらいの美貌だ。

 しかも彼の歳はまだ十三歳である。これからますます魅力的に成長するだろう。

 彼の自覚の無さもまた魅力の一つだ。容姿にはやや無頓着な性格のままでいて欲しい。

 いや。

 ――自然と変わるのが一番ですけど、そのままのネジが一番です。

 今まで肩肘を張っていた分、いつか本当の彼が見られるようになったらいい。

 と、彼の美貌が離れた。

「終わったぞ」

 手で肩や膝を軽くはたかれる。何かと思えば切り落とされて服にくっついた毛先をはたき落としてくれていた。

「仕上げはテンテンにやってもらえ」

「いえ、これで充分です」

 実際、ネジの手はいつもとさほど変わりない出来栄えにしてくれた。これなら違和感なく身体を動かせる。

「そうか。なら、いい」

 ふっ、とネジが笑みを零した。

 目尻がほんの少し垂れた幼い笑顔。

 先程の評価を一部だけ前言撤回して、

 ――ちょっと幼さのあるネジもいい感じです!!

 いやむしろ今まで無理して大人びていたのなら、その反動で幼くなっても別に構わない。

 というか見てみたい。

「あ! 二人とも! 只今ー! 予定より早く終わったの!」

「テンテン」

 ネジが顔を上げる。明るく手を振って第八班の紅一点がやってきた。

「もう大変だったわよ、くノ一四人で大名の息子の話相手なんてさー、しかも他の三人は中忍で下忍は私だけ! 人手不足っていっても慣れってもんがあるでしょ、他の三人がそれ話題に取って私の未熟さをさんざんネタにするし、もう嫌になっちゃった!」

 続いて、あの賑やかで騒がしい声もする。

「よォォォし! 第八班全員揃ったな! ではこれより修業を開始するッ!」

 やはりこのテンションにはついていけないのか、ネジが気圧されたように少し後ずさりする。

 いつもなら鼻で笑っていたのに、もしかすると自分の変化に気づいていないのかもしれない。

「ガイ先生! 提案があります!」

「む!? どうしたリー!?」

「はい! 僕、一度、お泊まり会というものをやってみたいのであります!!」

「は!? ちょっ、リー何それ!?」

「青春だぁぁぁ! よし決定!」

「って決定かい!」

 テンテンの突っ込みが今日も冴え渡る。

 リーがネジの反応をこっそりと伺うと、こっそりだったのに、彼と目が合った。

 そして、またあの笑みが浮かぶ。

 ほんの少しずつ晒された本当の彼の表情に魅入りながら、リーはこれまでずっと空いていた彼との距離を埋める不断の努力を誓った。



 

 




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