「焼肉も久し振りだってばよ!」
二年以上の間を空けて里に戻ってきたナルトの帰還を祝って、焼肉パーティーが開かれる事になった。
主催者は彼の保護者のような存在である海野イルカだ。
久し振りにみんなと会ったから、どうせなら思い切り騒いで何か食いたい、と言ったナルトのささやかな願望をサプライズで叶えたのである。
アカデミー時代からナルトと仲が良かったシカマル、チョウジ、キバに連絡を取り、承諾した彼らの班員全員が非番の日を合わせた。
ちなみに会場を焼肉食べ放題であるこの店と決めて予約を取ったのはチョウジで、全員から会費を徴収したのはシカマルだ。
イルカがそこまでしなくても自分達でできると、あの二人が言い出したのである。
もう中忍になった二人の成長に思わず涙ぐんでしまった。
そして、当日。
焼肉でも食べましょとサクラがナルトを店に連れて行き、何も知らずにサクラに連れられるままに二階の貸切席に来たナルトはそこに親しい仲間が集っている事に驚き、サクラに促されるままに席に座って烏龍茶のグラスを渡された。
「じゃ、ナルトの帰還を祝って! みんなグラス持って!」
「あーうるせー」
いのの高い声にシカマルが顔をしかめるが、これはもう御約束のようなノリなので皆が適当に流す。
全員がグラスを掲げる。
と、ヒナタが何かもじもじおどおどしている事にナルトは気づいた。
サクラとテンテンが何か見守るような視線を投げかけている。
いのは穏やかな笑みで待っている。
男連中も何も言わずにひたすら待ち、やがてヒナタがネジと目が合った。
頷く彼に勇気付けられ、ヒナタは両手で持ったグラスを高く掲げ、
「か、乾杯……!」
「かんぱーい!」
弾かれたようにキバやリーといったテンションの高い連中が騒いだ。
十数のグラスががつんとぶつかり合う。
「ほらほらナルト!」
呆然としていたナルトも、笑みのいのに押されて思わずグラスをぶつけた。
宜しい、という感じにいのが笑い、グラスの飲み物を飲む。
「さってみんな! じゃんじゃん食べるわよ!」
「へいへい」
うるさそうにシカマルが言うが、いのはテンションの高い楽しそうな笑みのまま、トングを持って手早く肉や野菜を焼き始める。
「……何だってばよこれ?」
ようやくぽつりと呟くと、隣のサクラが答えをくれた。
「サプライズでパーティーよ」
主催、企画したのがイルカとは言わない。
同期と語り合ってくれと敢えて出席はしなかったイルカは、企画したのが俺なのは内緒にしてくれよとも言っていた。
サクラはその理由を、ナルトがそれを知ったらイルカ先生も来てくれと駄々を捏ねそうだからと考えるが、いのは何となくイルカの心情を察していた。
肉や野菜を手早く並べ、焼けた物を引っ繰り返しながら思う。
イルカ先生が企画しなきゃ、こういうのしなかったかもね、と。
何せ全員が忙しい身だ。木ノ葉の里で忙しくない忍はいない。慢性的な人手不足で、忍務は次から次へと振ってくる。
五、六人ならバッタリ会って飲み会もできるだろうが、十数人全員となれば意図的にスケジュールを調節しなければならない。
そんな面倒な手間を取るくらいなら、たまたま会った連中を誘って、誘われた方も気がノったら飲む、というのが忍達に共通してくる行動パターンだ。
だからイルカが企画しなければ、こういう大勢でのパーティーは実現できなかった。
ナルトはこのパーティーに参加した誰かがこっそり計画を立ててくれたと思っているだろう。イルカもそれを望んでいる。
同期達との楽しい飲み会を恩師が御節介で勝手に企画したと知らされるよりは、同期の誰かが内緒で準備をしてくれたと思う方が楽しいに違いない。
意外に繊細で深く考えがちなイルカの考えそうな事だ。
ナルトは別に知ったとしても喜びが倍増するだけだろうに。
まあ頼まれたんだから言わないけどさ、と、いのは焼けた肉を鉄板の隅に追いやっていく。
すると食欲旺盛な面子ががっつく。
「あんたら野菜も食べなさいよね」
消費されるのは肉ばかりで、草がどんどん萎びていく。
と、それを纏めてシカマルが取った。
「あら偉い」
「ガキ扱いすんな」
ふんと鼻を鳴らすシカマル。その隣でチョウジが「素直じゃないなー」と思っていると、
「代わろう」
いのの正面にいるネジがいのの手からトングを取った。
いのは目をパチクリさせると、パッと破顔した。
「やっだ男前! ありがと!」
シカマルが口の中の飲み物を噴き出した。
キバとナルトが「きたねえー!」と酒でも飲んでいるようなテンションでゲラゲラと笑う。
「じゃ、お言葉に甘えて私も食べようかな」
「いのちゃん、これ、どうぞ」
「あ。有り難うヒナタ」
ヒナタが皿によそって取っておいてくれた肉や野菜をいのは摘み、「おいしいー」と破顔した。
「ん、やっぱりお野菜よねお野菜。栄養分も豊富。ほらチョウジ、ちょっと、肉ばかりがっついてないで、お野菜も食べなさいってば。あーん」
「あーん」
いのが差し出したキャベツとカボチャをチョウジはパクリと頬張った。
もぐもぐと咀嚼して飲み下し、
「ほんとだおいしい」
「でっしょー? ほーらもっと焼くからね」
「ちょ、ちょい待つってばよいの!」
「え? 何?」
皿ごと傾けて纏めてざざざっといのが野菜や肉を鉄板に流し込むと、ネジが手早く並べて焼いていく。
なかなかに見事なコンビネーションであった。
「今さっきチョウジにあーんってしてなかったか!?」
「? したけど……それが何?」
「いのとチョウジって付き合ってたのかってばよ!?」
「ナルト、こいつらはこれが普通だ」
キバが手をひらひらと振って肉を掻き込む。
「お互いにあーんって言って食わせるのはもうフツーのスキンシップなんだよ」
「何故なら奴らは幼馴染み……」
「そうよ、ナルトが難しく考えすぎなのよ。ほらシカマルも、はいあーん」
程良く焼けた肉をキャベツで巻いた物を、いのが箸で摘み差し出す。
ズイと寄せられたのはシカマルの口元。
先程のチョウジの時は皆が日常の一環として流したのに、何故かこの瞬間だけ静まり返った。
「ほーら、口を開けて。あーん」
いのは愚図る弟を宥める姉のような柔らかい雰囲気で促す。
くっ、と浅く呻きつつシカマルは薄く口を開けた。
「はーいどうぞ」
いのが優しく肉と野菜を押し込む。
それをもぐもぐと咀嚼してごくんと飲み下し、シカマルは顔に上った熱を冷ますように烏龍茶を一気に煽った。
空になったグラスをドンと置き、
「お前ら、何で俺の時だけ……!」
「あ。シカマル、飲み物どうぞ」
「ああサンキュ、――何でネジやチョウジの時は冷やかさないのに俺だけ」
とシカマルが言おうとした瞬間、不意にネジが手を振りかぶった。
快音が響き、かなりの勢いを付けて投射されたトングがぶち当たった衝撃でリーが引っ繰り返る。
「お前も食べてばかりいないで少しは手伝え」
「す、すみません、少し調子にノっていました……いやでも言って下されば!」
「ああ何か投げつけたい気分に駆られた」
「何故ですか!?」
リーがぎゃあぎゃあと騒ぐ。いつもの通り淡泊な顔のネジも応じている辺り、もしかしたらこういった騒がしさも意外と平気なのかもしれない。
あの濃い上忍が担当についた時点で、もうそれなりの免疫があるのだろう。
「賑やかねー」
いのが楽しそうに笑う。
「いの、烏龍茶のお代わり」
「あら、有り難うサクラ」
両手でグラスを持ち上げ、いのがコクコクと飲む。
すると不意に肉を掻き込んでいたナルトが顔を上げ、
「そーいえばいの! 俺、すっかり忘れてたけど、確か一楽のラーメン奢る約束してたってばよ!!」
「は?」
ナルトとのデート? とシカマルの頭の中ではそう変換された。
「あ、やっと思い出したの? そうよ。あんた一楽のラーメン今度奢るってばよって約束してくれたのに、それ放り出して自来也様との修行に出ちゃうんだから」
「悪かったってばよー! 今度都合の良い日、教えてくれってばよ!」
「待った待った! ナルト、お前いついのと約束なんかしたんだ!?」
「んー? 下忍の頃にナルトと任務に行った時。援護して、医療忍術で傷を治してあげたら、今度お礼に奢るってばよ! って」
「そうそう! あの時ほんとスゲェ助かったからさ」
チョウジが皿やグラスを一式を抱え込み避難させて、そろりと離れた。
その直後、シカマルが掌をテーブルに打ち付け、
「……っ、それは駄目だ!」
「えー!? 何で駄目なんだってばよ!?」
シカマルは少し考え込んだ後、ぽつりと言った。
「いのには俺の仕事の補助を頼む」
「何だってばよそれー!? シカマル一人じゃ駄目なのかってばよ!?」
「御仕事って何? 薬の調合? シカマルの家、貴重な資料や材料が一杯あるから勉強になるのよね」
「噛み合っていないわね……」
テンテンが呆れたように呟く。その隣で肉や野菜や魚介類を焼きながら、リーが感極まったように、
「……青春ですね!」
「それにしてはドス黒い気もするが……」
シカマルが打った事でぐちゃぐちゃに引っ繰り返ったりしたテーブル上の物を片付けながら、ネジがぼそりと呟く。
ヒナタがその意味を聞き返そうとすると、ナルトとシカマルの言い争いがヒートアップした。
「だーかーらー! ほんの一日、いのに休みをくれって言ってるんだってばよ! 一日くらいいいじゃねえか!」
「今やっているのは大急ぎかつ重要な物なんだ、親父も任務で家を空けているし、医療忍者のいのが手伝いには最適なんだ!」
「じゃあいつ終わるんだってばよ!? 大急ぎだったら一週間くらい経ったらもう終わってるってばよ?」
「……お前が次の任務に行くまでには終わらない」
「何だってばよそのテキトーに取り繕った言い訳! なーんかまるで俺といのが出かけるのが嫌な言い方だってばよ!」
「ナルト、まさしくそれで合っているんだが……」
ネジが呟くが、いまいち恋愛事に疎いナルトの思考はそこに至らない。
「シカマルの手際が悪いせいだってばよ! 仕方ないってばよー。いの、一通り落ち着いたら言ってくれってばよ」
「オーケー、分かったわ。――シカマル、御仕事、明日から頑張ろうね」
いのがにこりと微笑む。
その笑顔の直撃を食らったシカマルは顔を真っ赤にしつつも頷いた。
「……ああ」
その日の深夜、すぐに帰宅したシカマルは父親のシカクに、明日から取り掛かる予定だった薬の調合を自分に全て任せて欲しいと頼んだ。
自分から仕事を請け負うようになった息子の働き振りにヨシノは感極まったが、資料を渡してくれたシカクはどこか含みのある笑みを浮かべていたので、もしかしたら勘付かれたのかもしれない。
そして翌日、シカマルー来たよーと満面の笑みでやってきたいのの来訪で遅れて察したヨシノからも、シカマルはニマニマと楽しそうな笑みを食らう事になった。
幼馴染みカップルが成立するのは、もう少し後の事である。
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