先生の婚約者は死んだ。
ガスのせいだった。
それから先生がラズリを作ったのだ。
解毒剤を作るために。
解毒剤は月光色の花の蜜で、ラズリの中でしか咲かない。

「まだ、咲かないね」

僕らは二人で世話をしたけれど、花は咲かず。
そして、星は枯れた。
文明を発展させすぎた星の末路にしては、いい結末だと先生は笑っていたけど、心の中では泣いていた。
ガスは砂となってこの星を食べていく。
ラズリも例外でなく侵されて、先生と僕もあと少ししか生きられない。
花が咲いたのは、皮肉にもそんな時。
先生の手の中には一人分の解毒剤。

「君は、生きて。ネザー」

先生は僕が殺したも同然だ。
僕にできる贖罪は、彼の愛したラズリを守ることだけなのだ。




意識を失くしたロップイヤーの頬をたたく。
解毒剤が早く効けばいいのに。
少しずつ紅茶に混ぜて飲ませていたのに、それでもガスは彼の体を蝕んだ。
もうこれ以上彼はラズリを訪れてはいけない。

「……ぅ」
「ロップイヤー!」

ロップイヤーの唇から短い呼気が漏れた。でも、唇の色は相変わらず悪いままだ。

「ネザー……」
「なんだい?」
「一緒にラズリを出よう」

死にそうなのに、まだ僕の心配をしてくれているのか。
君は馬鹿だ。そして、とてもいい人だね。

「そうだな。君をまずこの星の外へ出さなければ。運転はできる?」
「ああ。ネザーがいてくれるなら」

僕のせいでまた人が死ぬのなら、ラズリを離れよう。
僕は覚悟を決めてネザーを抱える。
彼の乗ってきた飛空機へ移した。
エンジンをかけて、羽を動かす。
砂嵐が邪魔をしたけど、飛空機は何の障害もなく飛び出した。
見たことのない計器類を、ロップイヤーの指示を受けながら操作する。

「星の外に出れば安全だ。ガスはやがて抜けるって先生が言っていたから」

ロップイヤーは弱々しく笑ってみせると、僕の頭を撫でた。

「やっと君をラズリから連れ出せた」

それがとても幸福なことみたいに彼が喜ぶから、僕はほんの少しだけ泣きそうになる。
誰かに心配されたり、誰かを心配したり。長いこと忘れていた感覚だ。
僕はたまらなくなって、ロップイヤーへと抱きついた。

「君が生きていてくれてよかった」

大袈裟だと君は笑うけれど、本当に生きていてくれてよかったと思う。
先生みたいに、消えないでいてくれてありがとう。
君が助かったのならば、僕はそれで満足なんだ。
それだけで、ラズリを守り続けてきてよかったと思えるんだよ、ロップイヤー。

「ネザー?」

僕はロップイヤーから離れる。
僕に移ってきた体温は、彼がまだ生き続けるという証だ。

「ねえ、ロップイヤー。僕らはどうやらさよならを言う運命にあるらしい」
「ネザー、何言って……」

僕は長いことあの星に留まりすぎた。
ラズリの中には時間の概念がない。だから、あの人工的な青空をいったいどれくらい眺めてきたのかわからない。
本来なら、僕はここにいてはいけないのだ。
時間が流れ出す。

「君は、生きて。ロップイヤー」

本来ならば、ロップイヤーと僕の時間軸は重ならないはずなのだ。
ラズリが旧文明の遺産なら、僕だってそうだといえる。

辺りが薄暗くなる。
まるで、黄昏時だ。
もう久しく見ていないあの日暮れの時間。

「ネザー、やだよ。やっと、君をあそこから連れ出せたのに」

ロップイヤーは日暮れに飲まれて、やがて完全に僕の前から消えた。




果たして、僕は最後にうまく笑えていただろうか。
君がいっとう好いていてくれたあの笑顔で。




黄昏唄 -5-
どうやらさよならを言う運命にあるらしい





 

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