ラズリは最初からここにあったわけではない。 僕の知る限り、これは人工物だ。 まだ、この星が砂に侵されていない時代。 それはできた。
「先生!」 「やあ、ネザー。来たね。これをごらん」
屋上に設けられたガラス張りの温室。 花が咲き乱れ、蝶が舞い、鳥が囀る。 外の天候に関係なく、温室の中は常に一定気温、一定湿度。そして、常に晴れていた。 青ガラスを天井に葺いたからだと彼は言う。
「ここは、エデンなんだ、ネザー」 「エデン?」 「そうだよ。名はラズリだ」
僕が先生と呼んでいたその男は、この温室をそう呼称した。 この星最後のエデン、ラズリは僕らの目の前で星の退廃など無視して、ただそこに在った。
あの時ここにいた蝶や鳥はすでにいない。 死に絶えた。もしくは、食べた。 星が枯れたその時に、生物も全ていなくなってしまったのだ。
そして、彼も。
この星において、死を経験していないのは最早僕一人だ。 ラズリの中にいる限り、君は死なない。 そういった彼の言葉を信じるならば、僕はこのラズリによって生きながらえていることになる。
「だから、僕はここを出ることはできない」 「そんな……、そんな話今まで一度だって!」
そうだ。ロップイヤーに話したことはなかった。 話しても無駄だと思ったからだ。 それでも、話そうと思った理由は一つだ。 もう彼はここに来ないほうがいい。
「君は、この星が枯れた原因を知っている?」 「いや…」 「ガスだよ」 「ガス?」 「そうだ。有毒なガス。文明が進化しすぎた結果がこれだよ。星は枯れ、星と同じ成分でできていたこの星で生まれたものは皆絶えた」
星で生まれたもの、つまり人、動物、昆虫、鳥そして植物にいたる全てのものが息絶えた。 けれど、ラズリは無事だった。 彼がここをエデンだと、そう呼んだ理由はここが死とは無関係だったからだろう。
「でも、ネザーと一緒にいた男は死んだだろう?」
僕は視線を移す。 ここからでは植物が邪魔で見えやしないけれど、その先には真っ白い十字架が刺さっている。 僕がラズリへと突き立てた。 そして、その真下にはすでに骨になったもの。
「……彼は星が枯れても死ななかった」
ラズリの中で笑っていた。 星が滅び行くのを、ただ喜んでいた。
「言ったろ、ここにいた生物は全て死に絶えたか、食べたって」 「そんな、まさか……」
その、まさかだよ、ロップイヤー。
「だから、僕は君と行けないんだ」
黄昏唄 -3- いつか、君を不幸にする日が来る
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