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陽射しが暖かい。 それから何より、稲峰さんに繋がれた手があたたかい。 でも、これでは私の心臓が持ちそうになかった。 この異常なまでのドキドキが、手のひらから稲峰さんに伝わったりしないか気が気ではない。
「あ、あの、稲峰さん」
「うん?」
「手、」
「あ、そうか。ごめん」
稲峰さんの手が静かに離れた。 ちょっと寂しいけれど、ドキドキが伝わったりしたら恥ずかしいし、しょうがない。
「ごめんね、のんちゃん。こんなアホみたいな格好したおじさんと手繋ぐのヤだったよね」
「ち、違うんです!あの、えっと…その、なんというか……子ども扱いされてるみたいで?」
「はは、なんで疑問系なの」
私のバカ!稲峰さんに笑われたじゃない! 稲峰さんはしばらく笑ってから、「行こうか」と歩き出した。 私は稲峰さんの後ろをとぼとぼ付いていく。 一本向こうの大通りを走っていく車の音、鳥の声、芽吹きだした葉っぱ同士がこすれる音。 ハイヒールの音、それから、稲峰さんの歩く音。 そんなものばかりが耳に入ってくる。
ねえ、稲峰さん、今日の私の格好どうかな?とか、お化粧してみたんだけど、少しは加々美あや子に近づけたかな?とか、聞ければよかったんだろうけど、それで否定されたらと思うととても聞けなかった。 だから、花がくくりつけられた稲峰さんの背中に向かって、声を出さずに話しかけてみる。
今日は、稲峰さんのためにおしゃれしたんだよ、って。
そんなことをしているから気付かなかった。目の前に、小石があることに。 普段の私ならスニーカーとかぺったんこ靴とかはいてるから転ぶようなことはないんだけど、今日は違う。
「きゃっ!!」
今日はハイヒールだってことを忘れてた。 私は見事に転んでしまう。しかも、けっこう派手に。
「のんちゃん!?」
少し先を歩いていた稲峰さんが、慌てて駆けてきてくれた。
「大丈夫?」
「いたたた……って、きゃああ!」
アスファルトに足を擦り付けてしまったのだろう。 ストッキングは見事に伝線。スカートにも血と泥がついている。 ショックすぎてついていけない。
「うわ、のんちゃん、すりむいてるじゃないか!足もくじいてるといけないから、俺の背中のって」
稲峰さんが背中の枝を取って、それから乗れと屈んでくれる。 この年でおんぶなんて恥ずかしくてためらっていると、稲峰さんが「のんちゃん」って呼ぶから私は仕方なしに稲峰さんの背中に乗った。
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