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「来生さん、のんちゃんが嫌がってる」
祈りが通じたのだ。 落ち着いた声がして、店長の肩に手が置かれる。 三人が目を向ければ、そこには花を背負った稲峰さんが立っていた。 いや、比喩とかじゃなくて、稲峰さんは本当に花を背負ってる。 桜の枝を背中にくくりつけられているのだ。
「ぶわっはっはっは!オイ、ショータ!なんだ、そのカッコ!!」
店長が大笑いする。 お陰で私から離れてくれたのはありがたいけれど、今度は笑い声がうるさい。 稲峰さんは店長の大爆笑に気分を害したふうもなく、肩を竦める。
「罰ゲームです。じゃなきゃ、僕がこんな酔狂な格好するわけないじゃないですか。来生さんやハルトじゃあるまいし」
「おいおい、ショータ。アキさんはともかく、それじゃ俺がヘンタイみてえだろーが」
いつの間に来たのか。ハルトが稲峰さんの後ろから顔を出した。 稲峰さんとハルトの席はここから少し離れているのに、わざわざここまで来てくれのだろうか。 は!?もしかして、稲峰さん、嫉妬!? 店長と私がくっついているのが嫌で来てくれたとか?
「罰ゲームってどんな?」
「これ付けて、ハルトん家まで酒を取りに行くっていう罰ゲームです」
ヒスイさんの問いに、稲峰さんは事も無げに答える。 そうだよね…わかってたけど、もうちょっと夢を見ていたかった。
「ほら、ショータ早く行こうぜ」
ハルトが歩きだすが、そう簡単に行くはずもなかった。 何せ、ここには酔っ払った店長がいるのだ。
「おい、ハルト。てめぇ、さっきアキさんはともかくとか言ったろ」
「え?アキさんの聞き間違いじゃないっすか?」
「ンなワケねえだろーが!チョークスリパーだ!喰らえ!」
ハルトがあっという間に捕らえられ、店長に技をかけられる。 ぎゃあああって悲鳴が聞こえるけど、そんなことはどうでもよかった。 だって、私の目の前では今素敵なことが起こっている。
「おいで、のんちゃん」
稲峰さんが私に手を差し出して、一緒に行こうと言ってくれているのだ。 私は素直に稲峰さんの手をつかんだ。 でも、こんな素敵な光景なのに、一つだけ残念だったのは稲峰さんが桜の枝を背負っているっていうことなのだけれど。
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