「ハルト、いる?」

自動ドアが開いて、入ってきたのは件の少女。

「のんちゃんが俺んトコきてくれるなんて珍しい」

白いケープを羽織って、まるでウサギみたいだ。
こんなかわいい子に惚れられるなんて、俺の幼馴染は本当に幸せ者だと思う。

「稲峰さんから伝言持ってきたの。今晩は遅くなるんだって」

そんな伝言くらいメールで入れりゃ済む話なのに。
たぶん、のんちゃんが「私が行きます!」とか何とか、あいつの役に立とうと必死にアピールしたか。
それか、携帯どっかやったか。

たぶん、後者だ。

稲峰ショータは、しっかりしているように見えてネジが一本はずれている。

「ねえ、それより!」

のんちゃんがレジカウンター越しに、そのちっこい体を俺のほうへと乗り出してくる。

「さっき出てった女の人、エルでしょ!?」

「エル?」

「知らないの!?これだからおっさんは……」

のんちゃん、痛いところを。
ていうか、まだ27だし。おっさんじゃないし。

「ちらっとしか見えなかったからもしかしたら違うかもしれないけど、たぶんエルだよ、アレ!」

「エルって?」

「最近売れてきたインディースのボーカル。うちのお店でも扱ってるよ」

のんちゃんはこの商店街にあるCDショップでバイトをしている。
店長が胡散臭い男だが、いろんなCDを扱っていて品揃えがいい。
LDなんかも扱ってるから、マニアな客なんかにもウケがいいらしい。

「へえ。あれがボーカリスト…ね」

たしかに言われてみれば、ロックっぽい格好をしているかも。

「エル…か」

ただの客に、このとき初めて色がついた。
初めて知った彼女の情報。
ガキみたいに嬉しくなった。

「エル、ね」

覚えたての言葉に、口の中で何度も転がして馴染ませる。

「どうしたの?」

「なんでもない」

「変なハルト。いつものことだけど」

「おい。のんちゃん、一言余計だぞ」

今度来たときは、名前でも呼んでみよう。


「こんにちは、エルちゃん」


って。
そうしたら、もう少し彼女のことを知ることができるだろうか。












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