彼女が葛西酒店に来るのは、決まって夕方。

「いらっしゃい」

店の自動ドアをくぐって、他のものにも目をくれず、彼女は真っ先に店奥の冷蔵ケースへと歩いていく。
いろんな種類のビールをそろえた中から、彼女が選ぶのは決まって満月って書かれたラベルの小瓶。
それを5本持って、レジまで……つまり俺の前までやってくる。

俺は、それのバーコードにリーダーを当てて、ここで一言。

「いつもありがとう」

でも、彼女はそっけないんだ。

「………」

無言で俺の顔をちらっと見て、頭を軽くさげるだけ。

彼女の名前も年齢も知らない。
知っているのは、彼女の愛飲しているビールの銘柄。
それくらい。

いつも気まぐれのようにふらりと店に寄っていく。
葛西酒店を利用してくれているただの客。

「ありがとうございました」

ビールを袋に入れて、彼女に渡す。
笑顔で手渡せば、彼女はやはりそっけなく会釈を返すばかりだ。

「また、おいで」

彼女が店を出る頃、俺はおまじないをかける。
彼女が他の店に行かないように。
またここへ戻ってきてくれるように。
そっと、その背中へ呟くのだ。

我ながら、女々しいのはわかってる。
でも、何故だか彼女には直接言えなかった。

これは、恋なんだろうか。

時々、ふと考える。
それから、笑ってみる。

これが、恋?
馬鹿げてる。

俺の知り合いに、俺の幼馴染の花屋に恋してる少女がいる。

毎日用もないのに花屋に立ち寄って、嬉しそうに幼馴染を眺める少女。
その視線は熱っぽくて、まるで夢でも見ているようだ。

当の幼馴染は気付いていないようだが、そのうちあの二人は付き合うようになると、俺は確信している。

あの子の恋は、この世の奇跡みたいだから。

そう。あれが恋というのだ。

俺のは、違う。

ただの客と店員だ。












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