1 彼女が葛西酒店に来るのは、決まって夕方。 「いらっしゃい」 店の自動ドアをくぐって、他のものにも目をくれず、彼女は真っ先に店奥の冷蔵ケースへと歩いていく。 いろんな種類のビールをそろえた中から、彼女が選ぶのは決まって満月って書かれたラベルの小瓶。 それを5本持って、レジまで……つまり俺の前までやってくる。 俺は、それのバーコードにリーダーを当てて、ここで一言。 「いつもありがとう」 でも、彼女はそっけないんだ。 「………」 無言で俺の顔をちらっと見て、頭を軽くさげるだけ。 彼女の名前も年齢も知らない。 知っているのは、彼女の愛飲しているビールの銘柄。 それくらい。 いつも気まぐれのようにふらりと店に寄っていく。 葛西酒店を利用してくれているただの客。 「ありがとうございました」 ビールを袋に入れて、彼女に渡す。 笑顔で手渡せば、彼女はやはりそっけなく会釈を返すばかりだ。 「また、おいで」 彼女が店を出る頃、俺はおまじないをかける。 彼女が他の店に行かないように。 またここへ戻ってきてくれるように。 そっと、その背中へ呟くのだ。 我ながら、女々しいのはわかってる。 でも、何故だか彼女には直接言えなかった。 これは、恋なんだろうか。 時々、ふと考える。 それから、笑ってみる。 これが、恋? 馬鹿げてる。 俺の知り合いに、俺の幼馴染の花屋に恋してる少女がいる。 毎日用もないのに花屋に立ち寄って、嬉しそうに幼馴染を眺める少女。 その視線は熱っぽくて、まるで夢でも見ているようだ。 当の幼馴染は気付いていないようだが、そのうちあの二人は付き合うようになると、俺は確信している。 あの子の恋は、この世の奇跡みたいだから。 そう。あれが恋というのだ。 俺のは、違う。 ただの客と店員だ。 |