2 「んぅ〜……あれ?稲峰さん、お店終わったの?」 私が目を覚ませば、稲峰さんがこたつに入って帳簿をつけているところだった。 レシートを見ながら、ノートへ数字を書き込んでいる。 私が声をかければ、稲峰さんがこっちを見る。 「おはよう、のんちゃん。ゆず茶、飲む?」 「うん」 じゃあ、待っててと稲峰さんがキッチンへ向かった。 なんだか、とってもいい夢を見ていた気がする。 でも、どんな夢だったか思い出せない。 起きたての頭はうまく働かず、私はぼーっと稲峰さんの座っていた場所を見た。 帳簿の外に、しおりが置いてある。 ソレを見つけた途端、一気に目が覚めた。 「わあ、なにこれ!かわいい!」 シロツメクサが押し花にされて、生成のレースと一緒に台紙に貼り付けられていた。 台紙の上には、緑のチェックのリボンが付けられている。 男の人の持ち物にしてはファンシーに思えなくもないけれど、すごくかわいい。 「おまたせ、のんちゃん。熱いから気をつけて飲むんだよ」 稲峰さんが私の目の前にマグカップを置いた。 「ねえ、稲峰さん!これ、かわいいね」 稲峰さんはゆず茶を飲みながらちらりとこっちを見て、ふにゃりと笑う。 「うん。俺が初めて接客したかわいいお客さんからもらったんだよ」 私は、しおりを片手にショックを受ける。 今さらっと爆弾発言を聞いた気がするんだけど、私だけ? かわいいお客さんって言ったよね、いま。 も、も、もしかして、稲峰さんが好きな人とか……? 私が一人でぐるぐるしていると、稲峰さんは私の心情を知ってか知らずか、くすりと笑って私の頭を撫でる。 「まだ三歳だったんだよ。かわいかったな」 稲峰さんの優しい目が私を射抜く。 触れられた頭から沸騰しそうだ。 「あ、あの、稲峰さん。私、いいこは好きなんだけど、もう子どもじゃないから、その……」 このままあんな目で見られながら頭を撫でられるなんて耐えられない。 私が小さく抗議の声を上げれば、稲峰さんの手はあっさり私から離れていったしまった。 いまさら、ちょっと寂しいなんていえないけど、頭から離れた重みが恋しいと思ってしまう。 「そうだね、のんちゃんはもう小さい子じゃないもんね。ごめんね」 いつもはすぐ子ども扱いする稲峰さんが、今日はおとなしく引き下がる。 珍しいこともあるものだ。 でも、あの優しい目は相変わらず私に注がれていて、私は気まずい想いをしながらゆず茶に口をつけたのだった。 |