1 近所に住んでいる子で、毎日のようにここ「稲峰生花店」に顔を出す女の子がいる。 名前は、咲谷のぞみちゃん。 お母さんのあとをついて商店街に買い物に来る頃から知っていて、妹みたいな子だ。 俺が家業を手伝い始めたのは、中学生のときだった。 13歳の俺と、3歳ののんちゃん。 お母さんが風邪をひいたとかで、おばあちゃんに手を引かれて薬を買いにきていた。 薬屋は俺ん家の隣で、おばあちゃんが買い物をしてる間、小さなのんちゃんが俺の店へやってきた。 「あの、おはなください」 鉢植えを運ぶ俺の服をひっぱる小さなのんちゃん。 「おかあさんが、おかぜなの。おはなあげたら、げんきになるんだよ」 そう言って、のんちゃんが手のひらを差し出した。 のぞきこめば、上にはピカピカの10円玉が乗っていた。 あれから、13年。 小さかった少女は、今俺の目の前で眠っている。 閉店の30分前。 店に来たから、上がって待ってろと店の奥の自宅に上げた。 俺が店を閉めて居間に戻れば、こたつでうたたねをするのんちゃん。 起こしたらかわいそうだから、そうっと俺もこたつに体を入れた。 店から持ってきた帳簿を開いて、数字を書き入れる。 横目でのんちゃんを見た。 幸せそうな顔で眠っている。 小さい頃の面影を存分に残して、彼女の顔はあの頃と変わらない。 おもちみたいなほっぺ。 さくらんぼみたいな唇。 まつげが頬に影を落とす。 10円を握り締めて、花を買いにきたのんちゃんに、俺はまだつぼみだったディモルフォセカを渡した。 キンセンカの一種で、明るい場所を好む花だ。 「おはなじゃないよ?」 小さなのんちゃんが、不満そうに唇をとがらせた。 「これは、ディモルフォセカ。花言葉は、元気だよ。まだ君みたいに小さいけれど、きれいな花が咲くんだ。お花が咲いたら、お母さんは元気になるよ」 「ほんと?」 「ああ。本当」 大きい瞳が輝いて、ほっぺもぴかぴかとピンクに染まる。 「じゃあ、これください!」 「はい。ありがとう」 俺はのんちゃんの10円と引き換えに、ディモルフォセカを渡したのだった。 お母さんが元気になった時、のんちゃんは一度だけお礼をしにここへ来たことがある。 「おにいちゃん!おはなさいたから、おかあさんげんきなったよ!」 ありがとうと言って、また手を差し出された。 今度は、その小さな手のひらの上に、シロツメクサが乗っていた。 不恰好だったけど、丁寧にリボンがかけられている。 見れば、のんちゃんの頭を結っているリボンが一つはずされていた。 それから、しばらく小さなのんちゃんはここへは来なかった。 |