たぶんずっと前からハルトには、私が稲峰さんを好きだってバレてる。
だから、からかっているのだろう。

「いな、いな、……そうよ!好きなのはいなりずしなの!」

「のんちゃん、いなりずし好きなの?」

ハルトがバカみたいな笑い声で、ヒーヒー言いながら笑いだした。
稲峰さんは、そんなハルトを見ながら不思議そうな顔。

私は、意気消沈。

いなりずしが好きなのかと聞かれて、「はい、そうです」って弱弱しい声で答える。
稲峰さんにバレなかったのはいいけれど、微妙な気分。



「ああ、そうだ知ってる?おすしにも花言葉みたいに、すし言葉があるんだよ」

まだ笑い転げているハルトを無視して、稲峰さんがカウンターの中をあさりだす。
いろんな本が入ったカウンター内の本棚の中に、小ぶりな本を見つけて、稲峰さんが「これこれ」と引っ張り出した。
タイトルは『知らなきゃ絶対損をする。すし言葉大辞典』
すし言葉なんて知らなくたって、今までの人生損をした試しなんてないのだけれど、稲峰さんの手前、本相手につっこむわけにもいかない。

「えっと。いなりずしのすし言葉は……ふーん。なるほど」

何が、なるほどなのか。
気になって覗き込めば、いなりずしの項目にあるのは「抱擁」の二文字。

「何が、なるほどなの?稲峰さん」

私が聞けば、稲峰さんは何故か得意気な顔で私に腕を伸ばしてくる。
何をする気かと身構える暇もなく、稲峰さんの行動を見守っていると、次の瞬間とんでもないことが起きた。

「い、稲峰さん!?」

ハルトもこの状況に気付いたらしい。
さっきまで笑い転げていたというのに、稲峰さんを見て完全に笑いが引っ込んでいる。
稲峰さんが、何の前触れもなく私をその腕の中へ包んでしまった。

つまり、私は今稲峰さんに抱きしめられているってことだ。

稲峰さんの胸板が、私の頬に当たっている。
ナニ、この状況!?

「つまりね、いなりずしってこうやってなってるだろ?」

「ショータ。どこをどうすれば、それがいなりずしになんの?」

静かにパニックを起こす私の代わりに、ハルトが稲峰さんに突っ込みをいれる。

「わかんない?」

「全然」

私も同意。
稲峰さんが私を抱きしめる行為といなりずしは全然つながらない。

「だからね。俺がアゲ。のんちゃんが酢めし。ね?いなりずしのすし言葉は、そうゆうことなんだよ」

「へえ。どうでもいいけど、いい加減、のんちゃん離してやれば?」

「あ、ごめんね、のんちゃん」なんて言いながら、稲峰さんは何事もなかったかのように私を離す。
もうちょっと抱きしめられててもよかったけど、あれじゃあ私の心臓が持たない。
稲峰さんに抱きしめられて、すっかり心拍数が上がってしまった。
心なしか体温も。

「のんちゃん、大丈夫?」

稲峰さんが私を心配するように覗き込む。
大丈夫ですと答えようとしたけれど、さっきまであの体に抱きしめられていたと思うとまた心拍数が上昇を始める。

私は顔を真っ赤にしたまま、口をぱくぱくさせて、またもや稲峰生花店を飛び出したのだった。




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稲峰さんは確信犯じゃない……と思いたい。ハルトはのんちゃんを妹みたいにかわいがって(?)います。










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