1 お花には、全部花言葉がある。 って、稲峰さんに教えてもらった。 「ふーん。じゃあ、稲峰さん。こっちは?」 「ん?それは、黄梅だね。花言葉は、ひかえめな美」 今日は学校がお休み。 バイトもお休み。 友達との約束もないから、朝から稲峰生花店へお邪魔している。 お店に来たとき、稲峰さんは接客中で、花束を作る依頼を受けていた。 そこで登場したのが、花言葉の本。 なんで?と聞くと、花言葉は重要だよといわれた。 「今回は、快気祝いで渡す花束だから元気な花言葉を使わないとね」 って言いながら、花言葉大辞典なんて仰々しい名前の書かれた本をめくる稲峰さん。 ケースの中に入ったお花を取り出しながら、これはなんて花言葉だったかななんて時々本をみている。 「ありがとうございましたー!」 お客さんに無事花束を渡し終えた稲峰さんは、本とにらめっこしている私の頭を撫でる。 「おもしろい?」 「まあね」 「興味あるなら、教えるよ」 「え?本当に?」 それで、冒頭に戻るわけだ。 実際、稲峰さんは本なんて見なくたって、お店にある花の花言葉は全部覚えているらしい。 じゃあ、なんで見るの?と聞けば、間違ってたら困るからだって。 なるほどね。 自分に自信がないわけじゃないけれど、そうやってもし間違っていたらって可能性を持って何事にも慎重に接する稲峰さん。 やっぱり、素敵だな。うん。 「じゃあ、こっちは?稲峰さん」 「ああ、それはね……」 「理想の愛、だろ?」 稲峰さんと私。 二人きりの空間に、突然の部外者。 体重全体を乗せるように、私の頭に腕を置く人物。 こんなことをするのは、一人しか思い当たらない。 「ハルト!重い!」 「おや、のんちゃん。ちっさすぎて見えなかった」 彼は葛西ハルト。 稲峰生花店の斜向かいにある酒屋の息子だ。 さらに追加すれば、稲峰さんの幼馴染。 それから、私の敵。 稲峰さんと二人でいると、いっつも必ず邪魔をする。 「何しに来たの?」 邪魔な腕をどかして、下からハルトを睨めば、彼はどこ吹く風。 「そりゃ、ショータに用事があって来たに決まってるでしょ?」 他に何が、と言わんばかりのバカにした視線。 稲峰さんの子ども扱いにも困ったものだけれど、ハルトのはそれを越している。 バカにされるっていうのは、こういうのを言うのだろう。 「二人とも仲いいね」 稲峰さんが笑いながら言うけれど、断じてそんなことはない。 というか、どこが仲良しに見えるのか教えてほしい。 「仲良くないです!」 「何言ってんの。のんちゃん、俺のこと好きなくせに」 「そんなわけないじゃない!私が好きなのはいな……っ!」 好きなのは、稲峰さん。 そこまで出掛かった。 危なかった。 そろそろと視線を移せば、稲峰さんはきょとんとした顔をしている。 よかったバレてない。 でも、ハルトのほうにはわかっちゃったみたい。 ニヤニヤと私を見ている。 「好きなのは、いな?」 絶対わかっててやってる。 ムカつく。 「のんちゃーん。何が好きだってぇ?」 間延びした声は、完全にいじめっこのそれだ。 これだから、ハルトは私の敵なのだ。 |