1 みどり町商店街を北口から入ったらすぐに見えてくるお花屋さん、稲峰生花店。 「いらっしゃいませ!今日はどんな花にしますか?」 店長さんは、稲峰翔太さん。 年齢27歳、身長178cm。4/18生まれのおひつじ座、AB型。 毎日、花の手入れをして、お客さんに合った花束を作っている。 男の人なのに、稲峰さんはすっごくお花選びがうまい。 それだけじゃなくって、稲峰さんはすごく優しいし、そこそこイケメンなので近所のおばさんやおねえさんに評判の人なのだ。 かくいう私も稲峰さんのファンで、彼の笑った顔が好き。 水でささくれた手が好き。 店先で変な鼻歌を歌っているところが好き。 だから、私はバイトの帰り、学校の帰り、友達と遊びに行った帰り。 一日の終わりは必ずここに寄る。 「こんにちは〜」 「いらっしゃい。今日は遅かったね。バイト?」 お店の奥から、葉っぱまみれになった稲峰さんが出てきた。 ふにゃんって笑うから、私もつられて笑顔になる。 でも、なんだか恥ずかしくって、マフラーで顔を隠した。 「うん。バイト」 「そっか。おいで。お茶入れてあげる」 稲峰さんの家は花屋さんの奥にあって、稲峰さんは今一人で暮らしている。 ちょっと前は、おばあちゃんがいたんだけど、12月の寒い朝死んじゃった。 90歳だったから大往生だなんて稲峰さんは笑っていたけど、本当はすごく泣いたんだと思う。 大人だし、男の人だから、人の前では絶対泣かなかった。 私の前でも絶対に。 でも、きっと泣いたんだと思う。 稲峰さんは優しい人だし、それにおばあちゃんが大好きだったから。 「はい、ゆず茶。のんちゃん好きでしょ?」 「……」 目の前に置かれた白いカップから、柑橘系のいいにおいがしている。 蜂蜜のにおいも。 「あれ?ゆず茶、嫌いだった?」 「……好き」 「じゃあ、おあがり」 ゆず茶じゃなくて、稲峰さんが好き。 なんて言えるわけもない。 私は、ほかほかのゆず茶をふーふーしながら、言葉と一緒に飲み込んだ。 甘い、あまい。 ゆず茶の味が体をかけめぐる。 恋の味なんて知らないけれど、こんな味ならいいなと思った。 |