「……草がまた新たに生えるに、老いたる草はもういらんのさ。我々がなすべきことは終わったんだ、高村」

「だが、我々はまだ……!」

 椅子を鳴らして、高村が立ち上がった。
 身のうちに蟠る激情を逃がすかのように高村が机を殴る。激昂している高村に対して、浅岡は冷静だ。

「大丈夫。草が刈り取られても根が残るように、我々の思想もずっとこの国の根底に存在し続ける」
 
 ようやく国が国として機能していこうという時に、その生き様を見られないかと思うと高村はいてもたってもいられなくなる。
 幕藩体制という間違った主従関係を正し、あるべき姿に戻した。
 身分をなくし、皆が平等に暮らせる社会を作った。
 そして、この国に住まう者たちに戸籍を与え、国民という意識を根付かせた。

 今、この国は今までにない爆発的な力にあふれている。

 変えたのはほかでもない自分たちだ。それなのに、我々はもう不要だなどと浅岡だけには言ってほしくなかった。

「滑稽だと思わんか、高村。草に揶揄された人の力がこの国を変えてゆく」

 浅岡が空の白磁を置いた。その面は浜万年青のように白く、色がない。

「五十年、百年、いやもっと先。我々が作り変えた日本は、後の青人草らの目に如何様に映っているのか」

 浅岡が静かに目を閉じる。高村は、やりきれぬ激情を抱えたまま部屋を出る。
 絨毯の敷かれた部屋を横断する高村の背に、浅岡がはっきりと、それでいて祈るように優しく声をかけた。

「お前は死ぬなよ、高村」

 それきり浅岡は口を閉ざした。
 高村は戸口に立って一度だけ浅岡を振り返る。

「当たり前だ。俺は死なない」

 リンネルのシャツを着た浅岡は白磁の人形のようだ。高村にしてみれば、浅岡は西洋かぶれしすぎている。そこだけは好きになれない。
 だが、浅岡の力は本物だ。大胆な思想、高い志は大久保の意思を受け継いだものだろう。
 まだまだ浅岡にはいてもらわなければ困る。
 明るい世に治すためにも。

「浅岡、貴様も死んでくれるな」

 了解とでも言いたげに、浅岡の片手がひらひら動く。
 高村は扉を開けた。やることは山積みだ。間違っていたとしても、立ち止まるわけにはいかない。結局は進むしかないのだ。
 何度踏まれようとしっかりお天道さんに向かって背筋を伸ばす。
 それが、日本の青人草である。

 高村は、今一度気合を入れなおすと、足を一歩踏み出した。





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