リンネルのシャツはまだこの国の人間には馴染みのないものだった。だというのに、浅岡虎影にはよく似合う。きっと目鼻立ちが夷狄のようにはっきりしているからだろう。
 浅岡は白磁のカップに入った紅茶を一口含む。今日は茶葉の量が少し多すぎたかもしれない。だが、今立ちはだかる難問の前では瑣末なことだと気に留めず、眼前に座る高村雪勘を見た。

「高村、そんな難しい顔をするな。まあ、まずはエゲレスのお茶でも飲みなよ」

 高村は出された紅茶には口を付けず、先程から終始むっつりと口を閉ざしている。そして、浅岡の話を聞いているのかいないのか、目蓋は閉ざされたままだ。
 そんな様子の高村に害した風もなく、浅岡は紅茶をソーサーの上に戻すとビロード張りの椅子へと背を預ける。

「木戸先生、西郷さんと来て、終には大久保先生まで。この国はいよいよおかしくなるな」

 言いながら、浅岡は窓の外へと目を移した。外界は美しい緑が繁っていた。
 ハリエンジュ、紫陽花、楓。あれらは変わらずそこにある。
 今はちょうど紫陽花の花の時期だ。珠のような花がたわわにゆれている。薄紫の花は、高村と浅岡の心中など知らずその生を全うしていた。
 人の世がどれだけ変化しようと、あれらは変わらず美しいだけなのだろうと浅岡は思う。

「次は我々の番か」

 高村がこの部屋へ入って初めて声を発した。
 苦々しく表情は歪められ、声は雨の降り出す前の空のように重苦しい。
 高村雪勘は『御一新』を推進した一人だった。木戸に師事し、この国を変えようと必死に働いた。
 だが、その木戸ももういない。高村と浅岡が師と仰いだ人物は、皆こぞって死んでしまった。
 西郷は仲間と袂を分かち、非業の死を遂げた。木戸は意見を別にした友とこの国の行く末を案じながら病に倒れた。そして、今日。ご一新を中心で支えた人物の最後の一人である大久保も暗殺されたのだ。
 高村は浅岡によってその報せを聞いた。
 そして、ほぼ確信に近い形で脳裏に閃くものがある。
 次は、自分たちの番だと。

「高村」

 浅岡に呼ばれて、高村は彼を見る。
 美男子と呼ばれるにふさわしい彼の顔は、どこか憂鬱だ。影が色濃い。
 目を細めて、窓の外を見ている。彼も御一新に尽力した士である。思うところがあるのは、浅岡も同じだろう。

「青人草という言葉を知っているか?」

 高村に投げかけた疑問なのか、それとも最初からご高説でも垂れるつもりなのか。
 浅岡は高村が答える前に言葉を続ける。

「人間を草に喩えた語だよ。ひどい話だとは思わないか。何も考えぬ草に喩えるのだから」

 高村にはその言葉の真意を見出しかねた。
 単調に、けれど声音はいつもより低音に聞こえる。

「我らの代えはいくらでもいる。もちろん、大久保先生や西郷さん、木戸先生の代わりも。大きな目で見れば、我々は草ほどの脆弱な存在だということだ」

 浅岡が紅茶の器を手に取る。ソーサーとカップがこすれて、小さく音を立てた。
 もうすっかり冷めた紅茶は、のぞきこんだ浅岡の顔色を悪く見せる。

「雑草が駆除されるように我々も駆逐され、そしてまた新たな雑草がはえる」

 浅岡は底に残った茶葉ごと紅茶をすすった。
 外から鳥のさえずりが聞こえる。それに混じって、高村も浅岡と同じように、ぽつりと零す。

「我々は間違っていたのだろうか」

 一新してこの国は確かに変わった。でも、不満があったのも確かだ。現にその不満をもつものたちによって大久保は殺された。
 高村は、すっかり冷めた紅茶を取り、一気に喉奥に流し込む。苦い塊が胃を焼いた気がする。





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