bordeaux









燭台の上で揺らめく灯りは、不安定に部屋を映し出していた。
エミリエッタの瞳はその灯りを受けて、まるで湖面のように細波を立てた。でも、それに気付く者は誰もいない。
ボルドーの壁紙に四方を囲まれた部屋で、彼女と共に夜を過ごすジャンでさえその微かな光には気付かなかった。エミリエッタが気付かれぬ前に雫を拭ったからである。

「エミリエッタ」

ジャンの、深く、愛情豊かな声がエミリエッタの耳核をくすぐる。同時に伸びてきた腕は、彼女の腰を捕らえた。ジャンの体に包まれて、エミリエッタから悦楽のため息がこぼれる。
だというのに、表情は優れない。まるでこの物語の結末を知っているかのように。

「ジャン」

エミリエッタの声は部屋の隅へと届く前に拡散して消えてしまった。でも、きっと彼へは届いたのだろう。ジャンの腕の力は強く、そして執着のようにエミリエッタを包んだ。
エミリエッタの白い首筋へ、ジャンの唇が触れる。
愛しいものへの口付けは、ゆっくりと丁寧に行われる。エミリエッタがジャンの腕へと手をかけた。しなやかな筋肉で覆われた腕は、幾度となくエミリエッタを抱いたものだ。
この力強い腕に、いったい自分はどれくらい救われたのだろうと、エミリエッタは思う。
ここまで短いようで、長かった。でも、それも今日までなのだ。

そして、時を読んだかのように、どこからかヴァイオリンの音が響く。

「エミリエッタ、愛してる」

それを合図にしたかのように、ジャンの体はエミリエッタから離れた。
そうなることはわかっていた。エミリエッタは彼を追わない。

燭台に置かれた蝋燭がジジっと音を出して揺れる。光が部屋の中を影で満たすまであと数十分といったところか。
エミリエッタは振り返らずとも、ジャンがこの部屋を出て行くのがわかった。
扉は静かに閉められる。

エミリエッタは娼婦。
そして、ジャンは公爵。

彼らは扉を隔てて、互いを想いながら触れた最後の熱を逃すまいと足掻く。
そして、熱は表面を滑り落ちて夜の彼方へ消え去った。
勝手な言葉で縛り付けたジャンへエミリエッタはただ泣くことしかできない。

ジャンは今日結婚する。

エミリエッタはその場面を見ること叶わず、屋敷を去った。
花のような日々は終わったのだ。
あとに残るは、愛の残滓のみ。







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