1 俺には六つ年の離れた妹がいる。 生まれたときから体が弱く、外にはあまり出られない。 「お兄ちゃん、私は大丈夫だからもう仕事行って」 「ああ、もう少ししたらな」 両親は既に他界。今、この家に暮らすのは俺と妹の京子だけだ。 「でも、今日は怪盗メアリーから予告状が届いているんでしょう?」 「まあ、な」 怪盗メアリーとは、最近世間を騒がせている怪盗だ。 小説やマンガの影響を受けすぎなくらい受けている怪盗で、気障なことに犯行の一週間前には必ず予告状を送りつけてくる。 そんなことをする怪盗だから、世間ではおもしろがって騒がれているというわけだ。 俺はといえば、その怪盗を追いかける刑事。いつも煙に巻かれてる。 いうなれば、ルパンと銭形みたいなもんだ。そう思ってるのは、俺だけかもしれないけど。 「京子、苦しくなったらちゃんと兄ちゃんの携帯に電話しろ。隣のおばさんでもいいぞ」 「ふふ、お兄ちゃんは心配症だね。私だってもう子供じゃないんだから、大丈夫です」 いつまでも京子のそばにいてやりたいが、それはムリだ。 今日は妹の言う通り、怪盗メアリーの犯行の日。一週間前、某氏所有のルビーをいただきに参りますという予告状が来た。 今日こそはなんとしても阻止しなくてはならない。 警察の威信にかけても! 「いってらっしゃい、お兄ちゃん」 京子が笑顔で手を振る。 俺もそれに笑顔で振り返す。 京子は大和撫子というにふさわしく、妹ながら本当にかわいい。世間に自慢して回りたいくらいだ。 マスコミも怪盗メアリーなどというバカげた記事を載せずに、稀代の美少女というタイトルでうちの京子を掲載すればいいのに。 きっとメアリーなんかよりも断然新聞の売れ行きがいいに違いない。 怪盗メアリーはすべてが謎だ。 だからこそ、世間では騒がれる。 いろんな憶測が飛び交い、中には英雄視しているやつまでいる始末。 怪盗などと格好のいいことを言ってはいるが、要はコソ泥だとどうして気付かないのだろう。 「いいか、響刑事。今日こそ、怪盗メアリーなどという俗悪な輩をつかまえるのだ」 俺の上司である股田木警部が、鼻息も荒く俺に近づいてくる。 顔もでかいし、ガタイもいいから迫力がハンパない。 彼もメアリー逮捕に心血を注いでいる一人だ。その情熱は署内一かもしれない。 「時間は……あと10分か」 あと10分でメアリーの予告した時間だ。 今回は捕まえる。そして、こんなことはもう終わりにしたい。京子のためにも。 「警部、俺屋敷の外見てきます」 「おう。今回こそは、捕まえるぞ響」 「はい!」 屋敷の中、特にメアリーの獲物であるルビーが眠る部屋の前は厳重に警備されていた。 だからこそ俺は、あえて庭に出る。 メアリーの逃走経路は既に分析済みだ。 もし逃がしてしまった時のために、俺は最も警備が手薄な場所を張り込んだ。 ここは、わざと手薄にしたのだ。言うなれば罠だ。 さあ、怪盗メアリー。来るなら来い! 空は漆黒を称えて、地上に覆いかぶさっている。 そこに穴を開けたかのような真っ赤な月がぽかんと浮かんでいた。 怪盗が来るというにはあまりに相応しすぎる夜。 月は明るく庭を照らし、しかしその顔を段々雲に隠されてゆく。 俺はごくりと喉を鳴らして、ただその時を待った。 そして、切り裂くように警報装置が鳴り出したのだ。 |